旅立ちの歌~北海道浦幌町~ 第1話
開拓時代の心を守る北海道浦幌町。全校児童13人の上浦幌小学校が百年の歴史に幕を下ろす。閉校からの新たな旅立ち。特別な春を迎える北の大地に暮らす人々を訪ねる旅。
Chiisana Tabi·NHK G
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4シーズン · 1734話
開拓時代の心を守る北海道浦幌町。全校児童13人の上浦幌小学校が百年の歴史に幕を下ろす。閉校からの新たな旅立ち。特別な春を迎える北の大地に暮らす人々を訪ねる旅。
四国一周1440キロを巡礼すれば心願成就するという霊場八十八カ所遍路。第71番札所、香川県・弥谷寺の参道には、お遍路さんを温かく迎えてくれる茶屋がある。40年間、店を守る女主人がそっと手渡すのが1枚の短冊。店内には、お遍路さんたちが口に出せなかった心境をつづった1万を超える俳句が並ぶ。人生の新たな一歩を踏み出そうとやって来るお遍路さんたちに寄り添う人々と出会う旅。
3年後の再建を目指し、2010年4月に取り壊される歌舞伎座。下町情緒が残る界わいには、今も歌舞伎を支える人々が暮らしている。歌舞伎座を飾る500個以上のちょうちんを一手に担うお店の5代目は、心臓に病を抱えながらも歌舞伎座の再建を待つ。江戸町火消しの流れをくむ、とび職の頭は、高いはしごの上で、そのちょうちんを歌舞伎座の入口に飾る。120年をこえる歴史を誇る歌舞伎座との新たな再会を待つ人々と出会う旅。
山の神々への信仰が今も受け継がれる栃木県日光市。年間200万人の観光客を集める二社一寺のひとつ、日光山輪王寺では毎年4月、災いを払い福を呼ぶため山盛りの白米を信者に強いる珍しい儀式「強飯式」が行われる。日光東照宮の修復に取り組む漆塗り職人の親子。ご神木の森を大切に守り続ける家族。一度は途絶えた山伏の伝統をよみがえらせた僧りょ。山々に抱かれた聖地で、神仏の恵みとともに暮らす人々を訪ねる旅。
2011年に没後50年となる今も、子供から大人まで幅広く読まれている童話作家・小川未明。作品の多くは、故郷の新潟県上越地方が舞台だ。北の海に暮らす人魚の母親と人間に預けられた娘の物語「赤いろうそくと人魚」に、海外留学した娘と自分を重ねる母親。死後も山肌に現れる雪形となり、わが子の成長を見守る母を描く「牛女」に亡き母の面影を思い浮かべる人々。未明の作品に出会い、母子のきずなを深めた人々と出会う旅。
世界最先端の研究施設が集まる茨城県「筑波研究学園都市」。街には、海外からの研究者とその家族5000人あまりが暮らしている。1年限りで来日したフランス人夫婦は、研究の傍ら、地元の人々と音楽の演奏を通して心を通わす。研究で忙しい外国人の親たちを支えたいと、日本人女性が経営する小さな学校には、14か国、75人の子供たちが通う。温かなふれあいと名残惜しい別れ。国際色豊かな街にあふれる笑顔に出会う旅。
2009年5月に世を去ったロック歌手、忌野清志郎。派手なイメージとは裏腹に、素顔は穏やかで繊細な男性だった。青春時代を過ごした東京都国立市を愛し、歌にしてきた。曲のタイトルにもなった「多摩蘭(たまらん)坂」には今もファンが足を運び、花束を供える。歌に勇気をもらい歩む母と子。けなげなファンとふれあい、曲を聞くようになった夫婦。清志郎の歌を胸にひたむきに生きる人々を、緑豊かな初夏の風景の中に訪ねる旅。
大阪の住吉大社で、商売繁盛を願って毎月1回行われる「初辰(はったつ)まいり」。その神様のお使いが、着物姿の愛きょうある招き猫。毎月参拝し48体集めると“始終発達する”といわれる。神社の界わいには、商店が軒を連ね、招き猫を心の支えにしている人も少なくない。明るい笑顔と気配りで、街の人たちに人気の洋食屋さん。小さな会社を夫婦で守り続けているネクタイ屋さん。「初辰さん」に思いを寄せる人々を訪ねる。
青く澄んだ海と切り立った岩壁が美しい景観を織りなす鳥取県の浦富海岸。初夏の日差しを受けて輝く海は、恵みの季節を迎える。箱メガネで海底をのぞき長いカマを巧みに操り、天然のワカメを狙う漁師。幼いころから祖母に連れられて来た清らかな砂浜で、さまざまな生き物を捕まえて遊ぶ子どもたち。長い漁に出る若手漁師たちの母親代わりとなって何かと世話をやく港の女性たち。豊かな命がはぐくまれる海と暮らす人々を訪ねる旅。
群馬県の南西端にある上野村は周囲を1000m級の山に囲まれた山里。古くから林業が盛んだった村には「山師」と呼ばれる山を守る達人がいる。地上30mの木の上で、枝を切り落とし、大木を思いのままに切り倒す熟練の技。山頂の自宅では妻と2人、猟でしとめた、くまの脂に舌鼓を打つ豊かな山の暮らし。そんな山師の腕に、みせられて弟子入りする都会の若者たちも相次いでいる。初夏、緑深い森を守る男たちの心意気を訪ねる旅。
利根川沿いに水郷地帯が広がる、千葉県香取市。初夏、家々の間を流れる水路の景色を楽しむ「船めぐり」と、色鮮やかに咲く「ハナショウブ」を目当てに大勢の観光客が訪れる。さお1本で木造の「サッパ舟」を操る「娘船頭」と呼ばれる女性たちの中には、81歳で観光客を案内する人もいる。水郷の里をさらに、華やかに彩ろうとハナショウブの品種改良を続ける商店主。ゆったり、のんびり水辺の風景の中に暮らす人の笑顔を訪ねる旅。
周囲を1000m級の山々に囲まれた小さな里、高知県梼原町。ここには「坂本龍馬 脱藩の道」を目当てに大勢の観光客が詰めかけている。約150年前、大志を抱いて土佐から旅立つ龍馬を、町の人たちは温かくもてなし、見送った。龍馬姿で、観光客を楽しませる地元のガイド。1日1組、心尽くしの料理で、「脱藩の道」を行く人々を迎える民宿。激動の時代を駆け抜けた龍馬を支えた町に、今も息づく温かな思いやりの心にふれる旅。
穂高連峰を臨む長野県上高地。川には、2010年で100年目になるつり橋「河童橋」が架けられている。朝もやに包まれる山々、澄んだ水の流れに映る木々の姿。“下界”とは違う楽園の風景に癒やしを求め、多くの観光客が訪れる。高校卒業後の進路に迷い、将来の答えを探そうとホテルに住み込みで働く18歳の少女。そのホテルで半世紀にわたり働き続け、仕事仲間から“パパ”と慕われる75歳。楽園に心寄せる人たちを訪ねる旅。
山梨県の深い山里・芦川地区では、古くから手作りの料理「おごっそう」で訪ねてきた人たちをもてなしてきた。2010年春、念願のトンネルの開通を機につくられた直売所には“観光客のために”と、地元の人たちが持ち寄った心づくしの料理が並ぶ。笑顔で自慢のソバを打つ75歳のおばあちゃん。優しかった父の思い出を胸に、こんにゃく作りを守り伝える夫婦。「おごっそう」に込められた、もてなしの心あふれる人々と出会う旅。
幼い時には家族と、青春時代には恋人と、年を重ねて孫と…。横浜市に“人生で3度は訪れる”といわれる「野毛山動物園」がある。入園料は無料。動物は約100種類を誇る。市民に愛されてきたこの動物園の人気者が、国内最高齢(推定34歳)のラクダ・ツガルさん。ツガルさんを愛情深く世話する若手の飼育係。人生の節目には必ず訪ねてくる家族。ツガルさんの故郷、青森から見守る女性。ツガルさんに思いを託す人々に出会う旅。
長野と岐阜の県境にある標高3067mの御嶽山。“神が宿る霊峰”といわれ、山には今も信仰が息づく。色とりどりの高山植物や深い緑色に輝く池など、楽園のような風景も多くの人を引き付ける。信仰に生き、89歳の今も「登りたい」と願う男性と、男性を背負って登る人・強力(ごうりき)。神秘の池に魅せられ「信仰の心を描きたい」と望む青年。60年の歴史を持つ学校登山に挑む中学生。山のひとときに、身も心も清められる旅。
栗駒山が崩落した地震から2年。ようやく道路が復旧。家族に支えられ、再び頂を目指す山岳ガイド。温泉宿の再開を目指す4代目の主人。栗駒山の復興を願う人々と出会う旅。
北海道の北、日本海に浮かぶ利尻山。山に安全と大漁を祈り続ける漁師、ふるさとの山に誇りを持つ山岳ガイド、ふるさとの山を心のよりどころに暮らす人たちに出会う旅。
神奈川県横須賀市。明治時代から軍港として栄えた町は、今も在日米軍が司令本部を置き、約2万人の米兵が暮らす“基地の町”。基地近くの通称“どぶ板通り”は、米兵たちが集い、にぎわってきた。戦後、基地の真向かいに興したハンバーガー店を営みながら、生き抜いてきた夫婦。“誰もが安く酒を楽しんでもらうこと”をモットーに、立ち飲み屋を営む店主。基地の町で、人のつながりを大切にし、たくましく生きてきた人に出会う旅。
青森県弘前市にそびえる岩木山。人々は親しみを込めて「お山」と呼ぶ。9月上旬、農家の人が、お山に五穀豊じょうを願う「お山参詣」が行われた。山の恵みに感謝し、収穫した作物を奉納する伝統行事。リンゴを作り続けて50年。2010年は猛暑で、最も不作の年となったリンゴ農家。戦後の引き揚げ後、厳しい環境の中で生き抜いてきたトウモロコシ農家。さまざまな思いを胸に、お山を目指す。山と共に生きる人の営みに触れる旅。
東京都江戸川区平井は、下町の雰囲気を色濃く残す町。歴史を刻み込んだ古いアパートや小さな町工場が密集する。染色工場の92歳の職人は、江戸時代の浴衣(ゆかた)のもようの繊細さに魅せられ、3万点にのぼる型紙を集めて、その復元にかけてきた。町の人たちは、多くが顔見知りで話好き。路地で立ち話をし、銭湯で背中を流し合う。東京の下町で、人々の素朴な笑顔と人情にふれる旅。
江戸時代の風情を残す観光地として、人気を集める岡山県倉敷市。その倉敷市のもうひとつの顔は「丈夫な繊維製品」を作る町。なかでも瀬戸内海に面した児島地区には、丈夫さが特徴のテント用の布や学生服、作業服などを作る作業場が集まっている。長く愛着を持って使ってもらえる製品を作ろうと、地道な努力を続けるジーンズ職人やミシンの修理職人。思い出の品を再生させる藍(あい)染め職人を訪ね、物作りの心にふれる旅。
“夏が来れば思い出す”、本州最大の湿原を抱える「尾瀬」。にぎわいの夏を終え、新たな表情を見せ始めた。湿原の草紅葉。風景は黄金色に埋め尽くされ、はかなくも美しく輝く。半世紀にわたり、訪れる人たちを温かくもてなし続けてきた山小屋の主人。観光客が少なくなった今の時期こそ、チャンスだ。冬の訪れと競うように、木道を修理する人。尾瀬に魅せられ、山小屋で働く台湾から来た女性もいる。秋の尾瀬の魅力いっぱいの旅。
赤城山ふもとの里・群馬県昭和村。夜明け前に出荷するレタス、全国有数の生産量を誇るこんにゃく芋など自慢の作物が、収穫の時を迎えている。豊かな農地の半分近くが、戦後に開拓された土地。人々は飲み水さえない雑木林が広がる山を切り開き、オノやクワで開墾してきた。裸一貫で作り上げた畑に誇りを持つ老夫婦。祖父母や両親の苦労を忘れまいと誓う、3代目の若者たち。実りの秋、心がこもった大地と共に生きる人々に出会う旅。
雨の古都・金沢市で、言い伝えられている言葉「弁当忘れても、傘忘れるな」。降り注ぐ雨は、張り巡らされた用水路を流れ、市の中心部を流れる浅野川へ。「女川(おんながわ)」と呼ばれ親しまれてきた浅野川では、300年の歴史を誇る「友禅流し」が続けられている。父の思いを継ぎ、伝統の姿を守る加賀友禅の染め職人。川の水を庭に引き、そのせせらぎに亡き夫を思う82歳の女性。豊かな水と共に暮らす人々に出会う旅。
50万本のシラカバの森が広がる、長野県・八千穂高原。最新のハイブリッド車両を使った列車から降り立つと、シラカバの葉が一斉に黄金色に輝き、紅葉もたけなわ。全国から観光客が集まってきている。寄り添うように立つ2本のシラカバの前で、結婚の約束を交わした夫婦。食堂を1人で切り盛りする83歳の女性。その大先輩に支えられて、この地でペンション経営を始めた29歳の女性。人々の心を結ぶシラカバの森を旅する。
豊かな川の流れが、人々の生活を潤す里・栃木県鹿沼市粕尾地区。ここには、家から家をめぐる「ほとけ様」がいる。川にまつわる伝説から生まれた信仰で、およそ400世帯を2、3日ごとにめぐる「ほとけ様」を、人々は厚く、もてなしてきた。亡き母の思い出を重ね、何度も手を合わせる男性。伝説を語り継いでいこうとする女性。歩き続けられるまで「ほとけ様」を運びたいと願う高齢の男性。「ほとけ様」を思う人々の心に出会う旅。
「納豆」で有名な茨城県。大豆畑が一面に広がる地域に、“納豆仙人”と呼ばれ、親しまれてきた職人がいる。“仙人”が作る納豆は、かき混ぜようとすると箸(はし)が動かなくなるほど、粘りが強い。11月は、大豆の収穫の最盛期。農家では、代々受け継がれてきた自家製の納豆作りが始まる時期でもある。地域の人たちに支えられながら、納豆作りに励む“仙人”。故郷の味を大切に受け継ごうとする人たちを訪ねる旅。
視聴者からの「旅の思い出」でつづる手紙シリーズ「忘れられないわたしの旅」。第1回は、家族の絆(きずな)をつなぐ、大切な思い出の物語。女手一つで育ててくれた母との旅で聞かされた、亡き父への思い。あまりにデートが楽しくて、谷川に冷やしたまま忘れていたリンゴを探しに行った青春時代の思い出。入院している夫の一時帰宅で自宅に帰る、わずか25分間の夫婦の旅路。大切な人と共に旅した、数々の心の風景を描く。
視聴者からの「旅の思い出」でつづる手紙シリーズ「忘れられないわたしの旅」。第2回は、人生の転機となった若き日の旅路。ソフトボールに打ち込んでいた高校時代、国体出場のために訪れた富山で、地元の方の優しさで心を強くし、激戦を戦い抜いた思い出。理容師見習いの生活に耐えきれず、家へと逃げだし、母の優しさにふれた心の旅。青春時代に、自らを成長させてくれ、踏みだす力となった旅。その心の風景を描く。
九州本土最南端の鹿児島県佐多岬。ここに、80人が暮らす小さな漁村がある。父が戦死し、母と2人の子供時代に、隣近所の漁師が分けてくれるウツボの干物が何よりのごちそうだった男性。出稼ぎに出て、ようやく定年を迎え、ふるさとの海に帰ってきた今でも、この時の感謝の気持ちは忘れない。10人兄弟の長男・81歳の男性は、漁をしながら兄弟や自分の家族を養ってきた。ふるさとの海で心を結びながら、生きる人々に出会う旅。
開港とともに、西洋文化がいち早く入ってきた港町「横浜」。クリスマスのイルミネーションが輝き、世界じゅうの人々を迎える。しかし、横浜のクリスマスは華やかなだけではない。感謝し、家族で祈りをささげる心が息づく。母国を離れた人たちのため、伝統を守り続ける花屋。少女の夢を実らせ、洋館を飾りつける人。亡き家族を思い、クリスマスリースに思いを託す人たち。港町・横浜ならではの“クリスマスストーリー”を伝える。
京都市の北西部、四方を山に囲まれた集落、宕陰(とういん)地区。800枚もの美しい棚田が一面に広がる。空気が澄んだ冬の夕方は、斜面がオレンジ色に輝き“一年で最も印象的”だという表情を見せる。集落は高齢化が進むが、農家が一体となって、そば店を始め、活性化を図っている。都会から移住してきた元営業マンは、棚田の魅力を訪れた人たちに伝えようとしている。美しい棚田を守り、愛する人たちの心にふれる旅。
冬は、冷たく澄んだ空気が富士山の姿を浮き上がらせ、“富士見”に最適の季節。今回は、その姿をたっぷりと楽しめる「観光電車」が旅の舞台。絶好のポイントを紹介する添乗員の女性は、都会にあこがれ、いったん故郷を離れたが、富士に導かれ帰ってきた。子どものころから、富士を仰ぎ見て育ったベテラン駅員。駅の待合室を使い、その魅力を乗客に伝えている。冬、観光電車で旅をしながら、故郷の象徴・富士山を思う心にふれる旅。
火の神をまつる「秋葉神社」の総本宮が、おかれる浜松市。神社がある秋葉山に向かう道は、奈良時代から「秋葉街道」と呼ばれ、にぎわってきた。山のふもとにある春野町は宿場町として栄え、当時のままの町並みが残る。しかし戦後、道路が整備され、参拝者は宿泊せず、通り過ぎるようになった。そのなかで、1877年創業の旅館を守ろうとする主人。新しい味を模索する菓子職人の親子。伝統を受け継ぎ、支え合う人に出会う旅。
福島県の北部・相馬市にある松川浦漁港。冬場は、ズワイガニ漁で活気づく。夜明け前の港で、漁を終えた沖合底引き網船を出迎えるのは、およそ200人の女性。「船迎え(ふねむかえ)」と呼ばれる乗組員の嫁たちだ。魚が入った重いカゴを運び、セリに向けて手際よく魚を仕分けていく女性たち。“夫が苦労して取ってきた魚を、少しでも高く売りたい”と女性たちは、惜しみなく働きまわる。夫を支え、港を守る女性たちに出会う旅。
マイナス20度。ダイヤモンドダストが舞う、北海道南富良野町。寒さの中で育った、年輪が詰まった良質の木材の産地として知られたが、林業が低迷し、町外に出てゆく若者が増えている。“いつまでも、ふるさとを思っていてもらいたい”と、町の人は中学の卒業生に木でつくった記念品を贈っている。一方で盛んになっているのが、アウトドアレジャー。林道を利用した犬ぞりツアーも人気だ。豊かな森の恵と共に生きる人々を訪ねる旅。
刃物や金属産業が盛んな新潟県三条市。大量生産を行う大型工場が増えた今も、昔ながらの手作りにこだわり、刃物を作り続ける鍛冶(かじ)職人がいる。板前の手に合わせた包丁を40年間作り続けるベテランの職人。心を込めて作った包丁が、料理人の技を支える。100年続く鍛冶屋さんでは、跡を継ぐ息子に厳しく接しながら、伝統の技と職人の心得を伝えている。鍛冶の町を訪ね、刃物一本一本に魂を込める職人たちの心に出会う旅。
奈良県の南西部・五條市。この町で500年以上も受け継がれてきた真冬の行事がある。市内の念仏寺で行われる「鬼はしり」。念仏寺の鬼は、厄をはらい、一年の無病息災と五穀豊じょうをもたらす頼もしい存在だ。当日の夜、燃えさかる松明(たいまつ)が映し出す勇壮な鬼の姿は、参詣者の心をとらえて離さない。番組では、鬼はしりで「鬼役」を務める男たちの奮闘ぶりを軸に、五條市の古い町並みを愛する人々の姿を見つめる。
東京都心からおよそ1時間。JR千葉駅は東京や成田などを結ぶ6つの路線が乗り入れるターミナル駅。1日に約10万人が利用する。始発から終電まで、人がせわしなく行き交う駅の日常を見つめると、人と人との心のふれあいがある。笑顔で常連客を引き寄せる駅弁屋さん、駅を巡回しながら客を案内する副駅長。駅前で夜回りし、若者たちに声をかける男性。ターミナル駅の人の流れのなかで、心を通わせながら生きる人々に出会う旅。
利根川の中流にひらける埼玉県羽生市。豊富な水を利用した「藍(あい)染め」が、江戸時代から受け継がれている。藍を発酵させるバクテリアを休みなく“世話”する職人は、その彩りに胸を張る。藍染めから繊維産業が発展した町は今、海外との厳しい競争にさらされている。高い技術力で新たな客をつかもうとする人、海外物の検品に仕事を変えて工場を守り続ける人、時代の波にもまれながら、たくましく生きる人々に出会う旅。
江戸時代の町割りがそのまま残る山口県萩市。白壁と木造の家並みが広がる。交代で夜回りをする人々、古い家を守り継ぐ商家の主人。萩の町を守り続ける人の心に出会う旅。
川崎市中原区。多摩川沿いの古びた町工場が集まる一角は、まるで昭和30年代かと思わせるような、懐かしい光景が広がる。高度成長を支えた町工場は、今ではめっきり仕事が減ったが、“何か作っていないと落ち着かない”とベテラン板金工は金属のオブジェを作り続ける。この道60年の旋盤工は“またいつか、よい時代が来る”と30年使い続ける旋盤機の手入れを欠かさない。もの作りの情熱にあふれた職人魂にふれる旅。
国内屈指の激流であり「日本三大暴れ川」の1つといわれている「吉野川」が流れる高知県大豊町。川を見下ろす山肌には、切り開いてきた棚田が並ぶ。大豊町では高齢化が進み、棚田の維持が難しくなるなか、昔ながらの人々のきずなが息づいている。最近、吉野川をボートで下る「ラフティング」が盛んで、その魅力に大豊町に移り住む若い人もでてきた。新しく町にやってきた人を温かく迎え、助け合う山里。人々の温かな心に触れる旅。
亡き主人を渋谷駅で何年も待ち続けた、忠犬「ハチ公」。そのハチ公のふるさと・秋田県大館市が今回の旅の舞台。秋田犬発祥の地といわれている。秋田犬は、飼い主が心から愛情を注ぎ、大切にすればするほど、忠犬へと育っていくという。戦時中、毛皮をとるために供出されるなか山奥に隠し秋田犬を守り通した人々。厳しい時代をともに乗り越えてきたからこそ深いきずながある。愛情を注いできた秋田犬と共に生きる人の心に出会う旅。
山に囲まれた群馬県中之条町。4月に入っても霜が降りるこの町は、下旬に寒さが和らぐと、遅い春が一気にやってくる。桜や桃が咲き誇る花の里に変わるのだ。花木農家の夫婦は、手塩にかけた桜が山里を彩り、満面の笑顔を絶やさない。農作業の合間に、スミレの花を探す男性。手入れを怠らず、誰もが大切に守ってきた里山だからこそ、小さな花の命もはぐくまれていると胸を張る。満開の花の中で心豊かな里山の暮らしにふれる旅。
多くの人が行き交う都会の片隅に、およそ160軒もの古本屋が軒を連ねる街がある。東京都千代田区神田神保町。お客さんへの思いやりを代々受け継ぐ、和本店の4代目。昭和の面影を残す書店ビルから、古本屋街の移り変わりを見てきた老舗(しにせ)の主人。そして、古本屋が持つ“人とのつながり”に魅了され、後継ぎとして修業を始めた23歳の若者と、見守る街の先輩たち。本でつながる街への旅。
日本有数の豪雪地帯・新潟県上越地方。寒さが緩み、遅い春が訪れる5月。山里は満々と流れる雪どけ水で潤う。いち早く芽吹くブナの木は、この水を吸い上げ青く茂る。棚田で、60年にわたり米作りをしてきた男性は、水温が上がり田植えができる日を待ちわびる。雪どけと共に開く、ところてんの店は創業120年の味を受け継ぐ。わき水を使う、ところてんも、春の訪れを伝えるこの里の味。春の恵みのなかで生きる人々に出会う旅。
老いも若きも、男性も女性も、皆がサッカーを楽しんでいる町・静岡市清水区。夜遅くまでボールを追う歓声が、町のあちこちで響いている。80歳の男性が入っているのは、平均年齢71歳のチーム。若者たちに負けじとサッカーを楽しむ。強豪「清水商業高校」に、プロを夢見て全国から集まる高校生たちは、下宿を提供する老舗旅館の夫婦に見守られ、成長していく。ゴールの喜びに笑顔が集まる“サッカーの町”への旅。
サンゴ礁がきらめく沖縄県石垣島。豊かな自然に感謝し、伝統を守りながら生活する暮らしが、今も続いている。海で採れるアオサや貝、丹精込めて育てた野菜、日々採れた物は集落で分け合う。子どもたちは、地域の宝物と“おじい”“おばあ”に見守られ、育っていく。集落に響く三線の音色と皆の歌声。今、こうした豊かな生活に惹(ひ)かれて、島に戻ってくる若い世代が増えている。人と人との温かな心のつながりにふれる旅。
東京の北の玄関口・上野駅。かつて、東北からやってきた多くの若者が、この地に降り立った。その数、およそ5万人。“いつか故郷に錦を飾りたい”と、心を強く歩んできた人たち。今、駅の近くに、そうした東北出身者が心を寄せる場所がある。開店と同時に、多くの人たちでにぎわう店。2011年3月の東日本大震災後、客は、遠く故郷を案じ、お互いを励まし合っている。ふるさとにつながる「心の駅」、上野界わいを旅する。
栃木県東部の益子町は、およそ350の窯元が伝統を守る「益子焼」の特産地。3月の震災で、制作中の焼き物や商品が大量に失われ、40ある登り窯のほとんどが崩れ落ちた。益子焼を生みだしてきた窯を再建しようと、窯作りの職人の力を借りて、伝統の「登り窯」の復興を目指す65歳の陶芸家。仕事場と家が被害を受けたが、温かい励ましを支えに再起を目指す外国人作家。震災の痛手を乗り越え、復興を目指す人々に出会う旅。
美しい北アルプスを望む長野県白馬村。ゲレンデが深い緑色に輝く夏、冬の白馬とは違う、牧歌的な風景が広がる。そこには、人を魅了してやまない安らかな暮らしがある。植物園で働く若者は、神奈川で暮らす花好きの祖母を思い、高山植物を丹精込めて育てる。里山での暮らしに憧れ、ヤギの放牧を始めたオーストラリア人は、地元の人とのふれあいに元気をもらい、おいしいチーズ作りを目指す。緑きらめく山里の暮らしを訪ねる旅。
岐阜県を南北に流れる長良川。日本屈指の清流は人々の暮らしに深く関わってきた。夏、中流では1300年以上の歴史を持つ鵜飼いが行われる。鵜を操り、アユを捕らえる伝統漁法。シーズンには毎晩、その幻想的な様子が、かがり火に照らし出される。親から子へ、子から孫へ世襲で受け継がれる鵜匠の技。川沿いに暮らし、その技を支える船大工。クギを打つ軽快な音が川面に響く。長良川の流れと共に伝統を守り続ける人々に出会う旅。
夢への第一歩を、この町から踏み出そうという若者たちが集う街、東京・高円寺。大好きな町並みを絵に描きながら、画家を目指す20代の女性。岩手県出身の男性は、震災に見舞われた実家を思いながら、夢への決意を新たにする。そして、若者の心と胃袋を満たす総菜屋のおばちゃん。それぞれの夢に向かう若者と、いつの日か町から巣立っていく彼らを優しく見守り、応援する人たち。あたたかくも切ない青春の街への旅。
八ヶ岳山麓の高原の町・山梨県長坂町は、“森の宝石”といわれる国ちょう「オオムラサキ」の全国有数の生息地。一斉に羽化を始める7月、紫に輝く羽を持つオオムラサキが次々と里を舞う。深い森の中、亡き夫が愛したチョウの訪れを待つ女性。オオムラサキがいる故郷の風景を守り、次の世代につないでいこうとする男性。そして、観察を続けてきたチョウの羽化に、子どもたちは歓声をあげる。人々が小さな命に重ねる思いに出会う旅。
連日多くの人で、にぎわう大阪駅とその界わい。人々は、街のどこに魅了されるのか。5月に大阪ステーションシティとしてリニューアルオープンした大阪駅はもちろん、知る人ぞ知る歴史あるカフェバーを訪ねると、そこには意外な人気の秘密が隠されていた。少し足を伸ばせば、昭和の時代をほうふつとさせる懐かしい風景が広がり、街の人の温かさに包まれる場所もある。人々をとりこにして離さない、なにわの街の底力と魅力にふれる。
「シリーズ山の歌 夏」。1本目は、日本有数の豪雪地帯として知られる八甲田山。青森県の中央に位置し、いくつもの山が連なる連峰である。短い夏、八甲田山は、訪れる人々に美しい姿を見せ、生き物を育む優しい山の表情となる。登山者が足を休めに訪れる山小屋を、ボランティアで守る地元の人々。壊れた山岳スキーの標識を回収して歩く地元登山家。一瞬の夏の輝きの中で、八甲田山を愛し、守り続けようとする人々と出会う旅。
シリーズ山の歌 夏。2本目の今回は、西日本最高峰の愛媛県・石鎚山。古くから修験の山として人々に崇(あがめ)られてきた。人々は、さまざまな思いを抱え、白装束に鉢巻を巻き、険しい山道を登る。病で登ることが出来ない父の思いを背負い、石鎚の頂きに祈りを捧げる男性。一年に一度、頂上の神社で奉仕する神主は、「心の故郷へ帰る」と山頂を目指す。6歳と4歳の孫と共に、頂きに向かう女性。心をつなぐ祈りの峰への旅。
島根県宍道湖。日本で7番目に大きなこの湖は、美しい夕日に照らされた姿と、シジミの日本一の漁獲量として知られる。湖は、日の出から日の入りまで、次々と姿を変える。その姿に、観光客だけでなく地元の人たちも湖に集まってくる。朝、一斉に出漁するシジミ漁船。身が厚く、高値で取引されることから、漁師達はシジミを「黒い宝石」と呼ぶ。豊かな恵みを育み、美しい光に包まれた宍道湖と共に生きる人々に出会う旅。
横浜港に約700mにわたり広がる山下公園。年間500万人以上が訪れ、横浜を代表する観光スポットだ。しかしここは、関東大震災で壊滅した横浜のガレキで、海を埋め立てて作られていた。市民にとっては「震災復興の象徴」でもある。そうした歴史を公園の魅力とともに伝え続ける市民ガイドの男性。関東大震災の犠牲者の追悼と、市民への感謝を込めて毎年集うインドの人たち。緑あふれる公園に秘められた歴史が紡ぐ絆に出会う旅。
秋田県仙北市と北秋田市を結ぶ秋田内陸線。94.2kmにわたり山あいを走る列車は、通学や通院、買い物など地域の人々の貴重な足となっている。29ある駅のうち、23が無人駅。交代で掃除をしたり、手作りの座布団を置いたり、地元の人たちが無人駅を守っている。駅をたくさんの花で彩ること20年、それを生きがいにしている女性。内陸線に亡き妻の姿を重ねる男性。ぬくもりあふれるローカル鉄道に思いを寄せる人々を訪ねる。
年間90万人が訪れる岡山県美作市湯郷温泉。町の自慢は女子サッカー、なでしこリーグに所属する「岡山湯郷ベル」だ。2011年、世界一となったワールドカップでは、ここから2人の選手が代表に選ばれ活躍。旅館やスーパーで働きながらサッカーに打ち込む選手達を、人々は優しく包み込む。一社会人としても育てようと見守るおかみ。控え選手の様子を、故郷の親に手紙で知らせている町工場の男性。温かい、なでしこの里を旅する。
シリーズ山の歌 秋。今回は北海道の中央にそびえる大雪山系、その玄関口といわれる黒岳を目指す。ロープウエーとリフトで7合目まで登れるため、幅広い年代の登山客に親しまれている黒岳。“神々の遊ぶ庭”と呼ばれる山頂から見渡す峰々は、今、錦のじゅうたんのように色づいている。1923年に建てられた石積みの山小屋。ここに集う登山者と、その安全を守る管理人。移りゆく季節に彩られる黒岳に魅了された人々に出会う旅。
山の歌・秋。今回は、長野県徳本峠から霞沢岳。徳本峠から間近に望む、北アルプス穂高連峰。その美しい景色に、日本近代登山の父、W・ウェストンは魅せられ、「日本アルプス」の名を世界に広めたといわれる。峠にたたずむ山小屋には、その景色を見に、登山者たちが集まる。山と向き合い、自分自身を顧みて時を過ごす人々。彼らはさらに東へと、絶景を望む霞沢岳への道を切り開いた。穂高と向き合う人々の心にふれる旅。
弘法大師空海が修行した地、福岡県篠栗町には、「篠栗八十八カ所霊場」が築かれている。町の中には、大小さまざまな札所が点在しており、江戸時代から、人々の祈りを受け止めてきた。その札所のほとんどが「堂守(どうもり)」とよばれ、地元の人たちによって守り継がれている。孫と共に札所を支える堂守。温かい「言葉」を“お接待”し、人々の支えになろうとする堂守。お遍路さんに寄り添う人々に出会う旅。
千葉県神崎町。江戸時代から、利根川の水運を使い、江戸へ送る酒・みそなどの一大産地として栄えた。330年の歴史を持つ酒蔵では、伝統の仕込み歌を歌いながら、蔵人たちが収穫したての米で酒を造る。利根川の肥沃(ひよく)な砂地で育つ地品種の大豆は、まもなく収穫を迎える。地元の農家は後継者を育てたいと、都会から来た若者たちに、大豆や米作りを教える。秋の恵みに感謝しながら、世代を越えて支えあう人々に出会う旅。
北海道南部にある活火山の駒ケ岳。度重なる噴火で姿を変えてきた頂。時には暮らしを脅かし、時には豊かな恵みで暮らしを支え続けてきた山は、ふもとの人々にとって心のふるさと。火山の厳しい環境で育つ木々は良質の炭となる。火山灰を多く含む畑は甘みの強い作物を育てる。駒ケ岳を間近に望む国道沿いにある食堂には、いつも山と身近に暮らす人々が集う。見上げれば、そこにある駒ケ岳。そのぬくもりを大切にする人々に出会う旅。
茨城県ひたちなか市の那珂湊。古くから漁業や水産加工業が盛んな町として知られてきた。3月の東日本大震災では、激しい揺れと津波に襲われた。60年間にわたって築き上げた全てを流された鮮魚店、田んぼが液状化して作付けができなかった農家。4か月間の運休を余儀なくされた、ひたちなか海浜鉄道湊線。今、かつての活気を取り戻そうと、町は確かな一歩を踏み出し始めている。明日への希望を胸に、歩みだした人々を訪ねる旅。
瀬戸内海に浮かぶ、周囲4.5kmの小さな島。広島県呉市の情島には、5世帯8人が暮らす。海沿いの200mほどの通りは、島の人たちにとって「縁側」のような場所。ここで顔を合わせることは、互いが元気な証。島の縁側に集っては、海を眺めたり、声を掛け合ったり、穏やかな時間を過ごしている。収穫した実りや海の恵みを分け合う人々は、島を訪れる人も、また温かく迎え入れる。小さな島で、心通わせる人々に出会う旅。
視聴者からいただいた、旅の思い出でつづるシリーズ「忘れられないわたしの旅」。第1回は、「家族」の絆をつなぐ、4編の物語を伝える。夫のリハビリに付き添うため、毎日通った山陽本線での旅。たった一度だけ父と登った東京タワーの思い出。無口な父と一緒に過ごした、瀬戸内の島での夏休み。余命わずかと診断された夫と、夫婦で過ごす最後の箱根。かけがえのない家族と過ごした旅先での心の風景を描く。
視聴者から寄せられた、旅の思い出でつづるシリーズ「忘れられないわたしの旅」。第2回は、「人生の新たなスタート」となった3編の物語を伝える。幼いころから見守ってくれた兄弟から、還暦を祝ってもらった奥日光の旅。迷い、悩んでいるときに、人生のターニングポイントとなった三浦半島への二十歳の一人旅。退職を機に、安らぎと出会いを求めた福井県美浜町への2年間の旅。一つの区切りとなった新たな人生への旅路を描く。
日光連山をのぞむ栃木県鹿沼市は、日光へと続く街道の宿場町として栄えてきた。ここで、古くから親しまれてきたのが、はまぐり型の編みこみが特徴の鹿沼ほうき。最初は座敷で、少し古くなるとお勝手や台所で、さらに古く短くなると、外を掃くのに使うといい、長い間にわたって大切に使われる。そのため、町の人々が持つほうきの表情は、使い手によりさまざまな形に変わっていく。鹿沼ほうきと共に生きる人々に出会う旅。
京都・丹後半島の北部にある伊根町。伊根浦には、海沿いに、舟の収納庫「舟屋」が200軒以上、建ち並び、独特の風情を醸し出している。この町では、舟屋は人々の生活そのものだ。86歳の老漁師は、今も舟屋で仕掛けを5時間以上かけて手入れし、漁に出かける。定置網漁の若い漁師たちは、舟屋で漁のだいご味を語り合う。狙うのは、冬の味覚の王様、日本海で育った天然のぶりだ。舟屋の里で、海と共に生きる人々に出会う旅。
山々に抱かれた山梨県身延町。冬、冷たく澄んだ空気が張り詰め、静寂に包まれた町では、暮らしぶりを見つめ直す人たちがいる。厳しい冬、自分自身と向き合う人々に出会う旅。
山形県庄内町。庄内平野に位置し、北に鳥海山、南に月山をのぞみ、最上川が流れる農業が盛んな町だ。一年じゅう強い風が吹く風の町でもある。冬は、降った雪を巻き上げる地吹雪で、一寸先も見えない時もある。日本海から強い西風が吹きつけ、さまざまな自然の表情を作り出す季節だ。長く厳しいこの時期、人々は互いに寄り添い、実りの季節への願いをこの風に託してきた。風と共に生きる人々に出会う旅。
筑波山ろくにある茨城県石岡市八郷。古くから、温暖な気候を生かし、農業が盛んに行われてきた。この土地にひかれ、移り住んだ若い家族は、30組を超える。同町には、昔ながらのかやぶき屋根の家が残る。その特徴的な大きな屋根は、豊かな農業の象徴と伝えられてきた。こうした家を守り継ぐかやぶき職人。その技に魅せられて弟子入りした2人の若者。ふるさとの豊かな恵みを守り、受け継いでいこうとする人々に出会う旅。
瀬戸内海に浮かぶ小さな島々を通り、広島県尾道市と愛媛県今治市を結ぶ、全長60kmの「しまなみ海道」。車道の横に、歩行者や自転車などの専用道路があるため、通学や通勤の人たちも多く利用する。健康のために、毎日、往復する人も。この“海の道”は、地元の人々にとって、生活に欠かせない道だ。さらに、船で渡るしかなかった島同士も、この道がつながったことで、交流が増えている。絆をつなぐ、しまなみ海道を旅する。
年間100万人の観光客が訪れる群馬県伊香保。365段の石段が、町のシンボル。この石段の上に立つ伊香保神社は、縁結びの神として知られ、この神社で結婚式を挙げた多くの夫婦が、この町で暮らしている。古くは万葉集にも、恋の歌が数多くうたわれた伊香保。ここで出会い、一目ぼれした女性とこの町で暮らすことを決めた職人、石段のある町の風景を描き続けてきた夫と支える妻。夫婦で支えあい暮らす人々に出会う旅。
国内有数の豪雪地、新潟県十日町市松代。記録的な雪と格闘するなか、地域の人が楽しみにしているのはスキーだ。天気がよくなると、町にある小さなスキー場は、お年寄りたちでにぎわう。集うのは、かつて出稼ぎをし、長年にわたってスキーができなかった農家の人たち。孫と滑る日を楽しみにする人や、仲間との交流を求める人がスキーを楽しむ。古くから、スキーが根づく豪雪地を訪ね、晴れる日を待ちわびる人々の思いに触れる旅。
相模湾に面した神奈川県小田原市。古くからの城下町の同市は、街道沿いに宿場も数多く、人々が行き交い、にぎわってきた。その1つ、「千度小路」と呼ばれる界わいでは、海産物が豊かなことから、旅人の土産物として、水産加工品が重宝され、かまぼこなどの名産品も生まれた。江戸時代から続く味と技を守り続ける職人。古くから伝わる龍宮神社に祈りをささげ、海に出る漁師親子。海の恵みに寄り添い、生きる人々に出会う旅。
3月11日は、福島県相馬市の旅。古くから漁業が盛んだった町は、東日本大震災で壊滅的な被害を受けた。今もなお、原発事故の影響で、漁再開の見通しは立たない。しかし、毎日、漁師たちは船を出し、海のがれきを撤去しながら、漁の再開を待つ。次のシーズンのために、特産の青ノリの種を守りつごうと精を出す人もいる。傷つきながらも励ましあい、ふるさとの海で生きていこうとする人々の心に触れる。
埼玉県川口市安行。江戸時代から「植木の里」として知られている。江戸の町が大火で焼けたときに、植木や草花を供給してきた安行には、今も植木職人たちが多く暮らす。根を守るため、ワラと縄でくるむ“根巻き”の名人。珍しい植木を収集し、後の世代に残そうと育て続ける人。彼らの営みは、高速道路建設や高層マンションが林立するなど街が姿を変えていく中で、脈々と受け継がれてきた。木々と向き合い、生きる人を訪ねる旅。
千葉県いすみ市・大原駅と、大多喜町・上総中野駅の26.8キロを結ぶ、いすみ鉄道。田園と里山を縫うように走る黄色い列車は、地元の人々に愛され続けている。手作りの駅弁で、鉄道を応援したいと精をだす農家の女性たち。一般公募に申し込み、運転士となった53歳の元会社員は、地元の足を支えるべく、5月の最終検定を目指す。菜の花が咲き始めた春、列車にふるさとの夢を託す人々に出会う旅。
折にふれて、花のある風景を訪ねている「小さな旅」。今回は、花を大切に守る人、花に励まされる人、季節ごとに咲く花々に、さまざまな思いをめぐらす。春、桜や桃、レンギョウが一斉に咲き誇る山あいの里、群馬県中之条町。夏、緑に輝く山肌に花開く高山植物は、長野県白馬村で。大切に育てられているコスモスは、秋田内陸線の駅で風に揺れていた。全国各地、季節ごとの彩りをつづる。語りは、国井雅比古アナウンサー。
東京都八王子市の南西にある、標高599mの高尾山。都心から1時間で行けるため、年間250万人が訪れる、首都圏の代表的な観光地の一つとして知られている。この時季に降り注ぐ雨は、「芽吹きの雨」とも言われ、花のつぼみをふくらませ、草木の芽を育てる。「花の名山」とも呼ばれる高尾山は、およそ1500種類の野草が、花を開き始める。春、高尾山に思いを寄せる人々に出会う旅。
江戸時代に作られ、東京の人々の暮らしを潤してきた玉川上水。奥多摩から流れてくる多摩川の水を羽村取水堰(ぜき)でせき止め、都心まで43キロメートルの道のりを流す水路だ。取水口からは、毎秒9トンの水が送られている。長年、水番人として、羽村の堰を守ってきた男性。地元が誇る玉川上水に魅せられ、その歴史や役割を伝えようとする人もいる。春、桜が彩る水辺で、玉川上水に思いを寄せる人々に出会う旅。
険しい山々が折り重なる紀伊山地。その奥深くにある和歌山県熊野は、神が宿る聖地とされてきた。その山中を通る細い道が「熊野古道」。古くから、人々が歩いてきた巡礼の道だ。古道がつらぬく山里は、旅人を支える心を今も受け継いでいる。温かく迎え、優しく送り出す地元の人々。道中で倒れた旅人を弔ってきた祠(ほこら)を守り継ぐ、麓の人たち。山深く静寂のなか、人々が踏みしめる熊野古道に思いを寄せる人たちに出会う。
日本の伝統を受け継ぐ人たちを総集編で伝える。岐阜県長良川で伝わる伝統漁法「鵜飼い」。1300年の歴史を持ち、鵜をあやつる鵜匠の技は、親から子へ、子から孫へと世襲で受け継がれてきた。刃物づくりが盛んな新潟県三条市には、鍛冶職人。金沢市には、加賀友禅の染め職人を訪ねた。各地の伝統を守り、技を極めようとする人たちの心にふれる。
放送開始30年を迎え、「ふるさとの歳月」をテーマに伝えるシリーズ第1弾。平成4年から4年間にわたって旅人だった加賀美幸子が、新潟県佐渡市の小さな集落「願(ねがい)」を訪ねる。4月、天然のワカメ漁が最盛期に。16年前に出会った漁師は、84歳の今も現役。変わらずに、「願」の海への情熱にあふれている。島を離れた子供たちとの心温まる交流を支えに生きる女性も再訪。支えあい、暮らす人々の春の喜びに出会う旅。
「ふるさとの歳月」をテーマにお伝えするシリーズの第2回。平成4年から7年間、旅人だった名取将が、福島市の果樹農家を再訪する。桃、梨、りんごと順に花を咲かせる4月。17年前に訪ねた桃農家では、両親の畑を守り継ぐため、50歳を過ぎてから果樹栽培を始めた息子を訪ねる。樹齢120年の古木を大切に育てる梨農家の父子とも再会。原発事故の影響もある中で、変わらずに花を慈しみ、明日へ生きる人々を訪ねる旅。
「ふるさとの歳月」をテーマにお伝えするシリーズの第3回。平成9年に旅人だった桜井洋子が、南アルプスのふもと、険しい山々に囲まれた長野県大鹿村を再訪する。春は、桜やハナモモが一斉に花を咲かせ、山里が1年で最も華やぐ季節。人々は、江戸時代から守り伝えられてきた村歌舞伎を楽しみ、故郷に生きる喜びに包まれる。故郷の誇りである村歌舞伎を守り、互いに支え合いながら歳月を積み重ねる人々に出会う旅。
新潟県中越地方に位置する小千谷市東山は、冬は3m以上の雪が積もる豪雪地帯。ようやく雪の間から、山菜が芽吹き出す5月上旬、この里の春の伝統行事「牛の角突き」が始まる。五穀成就、安全を祈り、神への感謝を込めた神事であり、家族同然の牛を傷つけないため、勝ち負けをつけず、引き分けとするのが特徴。平成16年の中越地震で全村避難となった時も、人々は守り続けてきた。待ちわびた春の訪れに喜ぶ里の人々に出会う旅。
北海道の東、根室市。5月中旬、太平洋からの海霧に包まれたこの地でも、ようやく桜が咲き始めた。厳しい気候でも花開くチシマザクラ。強風のため、樹高は低く、幹は大地に広がるように横に伸びる。人々は、このチシマザクラの開花を心待ちにしている。亡くした息子への思いを託し育て続ける女性。納沙布岬では、強い潮風で木々が育たない大地に彩りを添えようとする夫婦。遅い春を待ち焦がれる人たちに出会う旅。
富士山の北麓(ろく)、標高940mの高地に広がる山梨県忍野村。富士山の雪解け水が、長い歳月をかけて伏流水となり、村のいたるところから湧き出す、自然豊かな土地だ。同村の人々は、この湧水とともに暮らしてきた。自宅にある水源を、先祖代々守り続け、飲料水から炊事、洗濯まで湧き水を使って暮らす家族。村内の水源を調べあげ、地元の人たちにふるさとの豊かさを伝えていこうとする男性。水の恵みに育まれる人々に出会う。
奥三河の山々に囲まれた愛知県新城市。およそ400人が暮らす山あいの集落・四谷地区では、「四谷の千枚田」といわれる石積みの棚田が受け継がれてきた。田植えの季節を迎えた5月。山からの湧き水を引き、昔ながらの方法で米を作る農家。幼いころの棚田の姿を取り戻したいと、生き物たちが住む田んぼ作りに励む農家。水が満々と張られた田が輝きを放つ季節、棚田とともに歩む人々に出会う旅。
茨城県北西部に位置する大子町。福島、栃木の3県にまたがる八溝山地が、峰を連ねる。主峰・標高1022mの八溝山のふもとでは、大小30もの集落が点在している。山を切り開いた畑を耕し、薪(まき)を使う暮らしが営まれている。人々は、作物を分かちあい、助け合って生活をしている。八溝山では、6月は茶摘みの季節。自家用につくる茶を皆で交代で摘んでいく。山あいの里で、お互いに支え合って暮らす人々に出会う旅。
熊本県の西部、天草市通詞島(つうじしま)。東シナ海と有明海を結ぶ海峡に浮かぶ、周囲4キロメートルの島。島の周囲では、数百匹のミナミハンドウイルカが生息していて、豊かな海の証しと言われている。島のほとんどが漁業を営み、古くから海の恵みを受けて暮らしてきた。港に面したわずかな平地には、漁師たちの家がひしめき、その間を細い路地「せどや」が入り組んでいる。海と共に生きる人々に出会う。
栃木県北西部、奥日光。男体山がそびえ立ち、深い青をたたえた中禅寺湖、湖の水が流れ落ちる華厳の滝は勢いを増している。今、奥日光は花々と緑に彩られ、一年で最も美しい時期を迎えている。親子2代にわたって気象観測を続け、訪れる人に戦場ヶ原の気候や魅力を伝えている茶屋。男体山の頂上から見る中禅寺湖の風景。高山植物の群落が見ごろを迎えた湖畔では、花を守ろうと奮闘する男性が一人暮らす。夏、輝く奥日光を旅する。
岩手県の最北、太平洋に面した洋野町。「南部もぐり」と呼ばれる高度な技術を持つ潜水士を輩出してきた町として知られる。夏、ウニやホヤを潜水でとる漁が最盛期を迎える。町にはヘルメットを装備する伝統の潜水方式が、今も受け継がれている。潜水士を養成する学科をもつ県立高校では、水中での港湾工事などに必要な技術と心構えが伝えられてきた。「南部もぐり」の魂が今も息づく町を訪ねる。
夏、北海道北部のサロベツ原野から宗谷岬にかけては、バイクに乗って旅をする人々が全国から集まる。愛車のバイクにテントと寝袋を積み、「みつばちライダー」と呼ばれる人たちは、広大な原野を駆け抜け、北を目指す。空と大地が溶け合うような一本道には、珍しい高山植物が咲き誇り、雄大な自然が待ち受ける。さまざまな思いを胸に北へ向かうライダーと、彼らを支える地元の人たちとの触れ合いに出会う。
2000メートル近い山々が連なる、鹿児島県・屋久島。世界遺産にも登録された島では、海からの湿った空気が山を駆け上がり、東京の年間降水量の6倍にものぼる大量の雨がもたらされる。この水の恵みが、島に固有の自然を育んできた。樹齢1000年を超える巨大な屋久杉。650種類に及ぶコケ。屋久島の森を巡り、水が織りなす独特の自然の世界、そこに魅せられて暮らす人々を訪ねる。
山梨県北部、標高2230メートルの瑞牆山(みずがきやま)。独特の岩峰は、太古に地下のマグマが固まってできた花こう岩が、地盤の隆起などで姿を現したといわれる。体一つで岩に登るボルダリングに魅せられた人、ロッククライミングに没頭した思い出を胸に山小屋を再開したご主人など、岩にはさまざまな人の思いがしみこんでいる。岩場を彩る花々やアサギマダラという蝶(ちょう)に出会いながら、奇岩連なる山を登る。
中国地方の最高峰、標高1729メートルの鳥取県・大山。豊富な伏流水が田畑を潤し、人々の信仰を集めてきた。登山道には、西日本最大のブナ林や、ダイセンキャラボク、ダイセンクワガタといった、多様な植物を楽しむことができる。大山の森から生きる力をもらい、ガイドを目指すようになった女性、さらには、登山者が石や苗木をふもとから運び上げ、山頂の環境を守ろうという「一木一石運動」。大山に抱かれ暮らす人々に出会う。
利根川の中流に位置し肥沃(ひよく)な土壌に恵まれ、水運の要衝として栄えた埼玉県熊谷市妻沼。古刹(こさつ)・妻沼聖天山の本殿は日光東照宮をほうふつとさせる、けんらん豪華な彫刻で彩られ、ことし国宝に指定された。江戸時代、庶民の浄財を集めて建てられた本殿は今も町の宝。恵みに感謝し収穫した野菜を奉納する農家、時を告げる鐘を毎日つく門前の和菓子店の一家など“聖天さま”に日々の幸せを祈り暮らす人たちを訪ねる。
神奈川の川崎駅のほど近くにある川崎競馬場。終戦間もない昭和25年に開設され、京浜工業地帯で働く人を中心に、ささやかな娯楽の場になってきた。一方で開設当時、戦争で夫を亡くした女性を優先的に雇用するなど、貴重な女性の働く場でもあった。今も競馬場内には、女手ひとつで子供を育てた母の思いを受け継ぐモツ煮店が営業を続け、また女性調教師として活躍する人もいる。川崎競馬場の界わいを訪ね懸命に生きる人々に出会う。
平安時代から千年の歴史を持つ備前焼の里、岡山県備前市。町には、レンガの煙突が立ち並ぶ。釉薬を塗らない備前焼は、土と炎の具合でさまざまな色や模様をみせ、偶然の産物といわれるほど、同じ物は2つとない。この焼き物を、町では生活の中に取り入れてきた。日用品だけでなく結婚や誕生の記念として、持つ人それぞれに、かけがえのない宝となっている。火入れが本格的に始まる秋、自然が育む素朴な焼き物を愛する人々を訪ねる。
静岡県西部の浜松市。駅前では毎週末に街頭コンサートが開かれ、ギターやトランペットなどさまざまな楽器製造会社が集まる「音楽の町」として知られる。戦後まもなく創業したハーモニカ工場では、ひとつひとつ手作業で音を合わせる職人が伝統をつなぎ、ピアノの修理工場では、職人が、大切な思い出のつまった年代物のピアノを、8000の部品を修理して音を再生する。音楽の町を訪ね、人々の思いが奏でる音の世界に触れる。
日本百名山のひとつ、武尊山のふもとにある群馬県川場村。山の豊富なわき水に恵まれた里では、実りの秋を迎える。一面に広がる稲穂の黄金色。江戸時代から続く農家の家族が、伝統の“はってがけ”で丁寧に稲を刈り干していく。真っ赤に実ったリンゴ。村では、戦争で途絶えたリンゴ作りの歴史を復活させた物語がある。そして、かれんに咲く紫のコスモスを描く女性の姿も。秋色にあふれる川場村を訪ね、人々の喜びの表情に出会う。
秋田県八郎湖。秋、湖では2艘(そう)一組で網を引き、シラウオやワカサギを取る伝統の「どっぴき漁」が始まる。かつては琵琶湖に次いで日本第2の広さを誇ったが、戦後の食糧不足を補うため、5分の4が干拓され、水田となった。夢を追い、移住してきた米農家も新たな故郷で秋の実りに感謝する。さらに湖では、巨鯉を狙う釣り人や環境を守ろうと活動する子供たちの姿も。八郎湖の秋、ふるさとの恵みと共に生きる人々に出会う。
利根川の下流にある千葉県東庄(とうのしょう)町。江戸時代、利根川から江戸へ続く水運の拠点として栄えた。290年続くしょうゆ蔵が当時の味を今に伝える。伝統を受け継ぐ親子が、季節ごとに移ろいゆく小さな自然を感じながら、しょうゆ造りに生かしてきた。また、農業の歴史は古く、平安時代に切り開かれたという台地には、手入れの行き届いたやわらかな土で、特産のこかぶが収穫される。伝統を受け継ぐ暮らしに出会う。
日本三名山の一つ、石川県白山。晩秋、鮮やかな紅葉の一方で頂は雪に覆われ始め、秀麗な姿を見せる。麓の集落は、農業には不向きな土地だが、人々は山の恵みを享受して生きてきた。「出作り小屋」と呼ばれる小屋を山あいに建て、焼畑農業やナメコ栽培を営む夫婦。“くず繭”と呼ばれた繭を丁寧に解きほぐして糸を紡ぎ、800年の歴史を持つ絹織物「牛首紬」を生み出す職人。絶景とともに白山の恵みに感謝し暮らす人々に出会う旅。
日本最大の湖・びわ湖。その北部は「奥びわ湖」と呼ばれ、人々は、水の恵みとともに暮らしてきた。秋、穏やかな湖面では、固有種の魚、イサザを狙う漁が始まる。また、この地域では賤ヶ岳の豊富な伏流水を使った糸取りの伝統があり、琴や三味線の楽器糸を生産してきた。さらに、関西でも有数の米どころでもある。江戸時代、先人たちは湖へ水を流すトンネルを作り上げ、水害を克服した。水の恵みに感謝して暮らす人に出会う旅。
水戸市の偕楽園公園。園内には、水戸城の外堀だった千波湖がある。1000羽の鳥が生息し、シベリアからの渡り鳥も加わる。この鳥の世話をしながら貸しボートの店を営み、湖畔で暮らす夫婦がいる。また、園内には徳川斉昭が造園した梅の名所・偕楽園がある。複雑にねじれ黒光りする古木に魅せられ、絵を描き、保全にも取り組む人がいる。さらに園内の桜川にはサケも遡上(そじょう)。晩秋の偕楽園公園の知られざる魅力を訪ねる。
視聴者からのお手紙でつづる「忘れられないわたしの旅」。ことしも全国から300通を超える手紙とメールが寄せられた。1回目は、人生の再起へとつながった旅路。高校教諭として北海道えりも岬に赴任した人からは、生徒たちとの関係に悩み、寝台特急で故郷上野へと戻る旅。そのほか、失明した夫を励まそうと家族で訪れた伊豆・爪木崎の旅。そして岩手県大船渡市に向かい、被災した人たちの前で披露した吹奏楽の旅を描く。
視聴者からのお手紙でつづる「忘れられないわたしの旅」。2回目は、大切な人と心を寄り添わせて歩んだ旅路。女手ひとつで娘を育て上げた母親からは、就職した娘に誘われ、広島・宮島へ。厳島神社と瀬戸内の風景を心に刻む。そのほか、嫁入り道具を運んでくれた後、父と訪れた紅葉の京都・高雄の旅。そして、がんと闘う妻と最期に歩んだ、東京・昭和記念公園のイチョウ並木の旅。心に、いまも鮮やかな風景とともに描く。
地域に息づく風土の中、輝く若者たちを再編集で伝える。山梨県身延町では、日蓮宗の総本山久遠寺周辺の宿坊で、日々のつとめに励みながら、大学に通う女性。熊本県天草市通詞島では、父の手ほどきを受けながら車エビ漁に打ち込む息子。福島市では、りんご農家として歩み始めて間もない夫婦が、震災で打撃を受けた中、地域のベテラン農家から技術を吸収する日々。故郷の風景に抱かれて暮らす若者たちを描く。
富士を仰ぎ、富士川が流れる山梨県市川三郷町・六郷地区。山地に囲まれて農業に不適なこの地では、明治時代、甲府にあった水晶の研磨技術を生かし、ハンコの生産が盛んになり、その後、全国有数の産地となった。人々にとってかけがえのない印鑑を、手彫りで作る職人の技。人生の大切な節目を支える印鑑を大切する町の人。そして、子供たちに、名前の尊さを知ってもらうハンコ作り体験。雄大な風景の中、息づく伝統に触れる。
栃木県南部の小山市。東京から約60kmと近く、江戸時代には日光街道、現在は東北新幹線も通るなど、交通の要衝として栄えてきた。町には、伝統を受け継ぐ職人たちがいる。渡良瀬遊水地では、大正時代からヨシ刈りが盛んで、よしずを編み続ける職人がいる。また、明治から続く酒蔵では、日光連山の水で、こだわりの日本酒を作る夫婦。さらに、大正時代から続く組みひも、間々田ひもを継いだ若き3代目。息づく伝統に触れる旅。
徳島県三好市の祖谷地方。四国山地の急しゅんな山々に抱かれた里だ。冬は雪に閉ざされ、厳しい環境とともに生きてきた。過疎化が進む中、集落を去った人にそっくりのかかしを作って傍らに置き、心の支えにしている。畑作の手ほどきを受けた隣人を作る女性。山から水を引き、そば作りをしている女性は、ともに働いた仲間のかかしを店の前に置いた。廃校になった小学校の教室には最後の児童のかかしが。かかしに込めた思いに触れる。
千葉県の南西部、温暖な南房総の入り口にある鋸南町(きょなんまち)。冬晴れの東京湾に、富士山が鮮やかに望める。山あいの集落の暮らしを支えてきたのが、冬に花を咲かせる水仙。江戸時代から続く産地の誇りを胸に、栽培に励む。もう1つの特産が、食用の菜の花。つぼみのまま出荷して食卓に春の味を届ける。収穫の終えた畑では、黄色い鮮やかな花を咲かせ、町を彩る。故郷の暮らしを支える「花」と向きあう人々を訪ねる。
長野県の最北端、栄村。冬、日本海から吹きつける風が山々にぶつかり、大量の雪が降る。飯山線・森宮野原駅には7m85cmという、昭和20年に記録したJR駅構内での日本最高積雪量を示す標柱が残る。雪の中、人々は、互いに助け合って暮らす。高齢者の家を回る雪害救助員。人々の足となる飯山線・横倉駅を守る駅長。絆を深める祭り、道陸神(どうろくじん)。長く厳しい冬を耐えながら、相手を思いやる心が根付く村を訪ねる。
日本有数の豪雪地、新潟県魚沼市。懸命の除雪の中、JR只見線が白い世界を走る。町の中心には、清流・魚野川が流れ、奥には八海山、中ノ岳、駒ヶ岳の越後三山が連なる。雪の中、人々は雪と水の恵みを受けながら生きてきた。厳冬の魚野川に生息するカジカを狙う漁師。山の水を使い、100年以上の伝統を持つ和紙を作る職人。その和紙に魚沼の冬を水墨画で描き込む画家。凍てつくような水の恵みにふれる旅。
東北を訪ねる3回シリーズ。第1回は、宮城県気仙沼市の東端にある、複雑に入り組んだリアス式海岸の町・唐桑町。遠洋、近海漁業、カキの養殖が盛んで、人々は海と共に生きてきた。震災からまもなく2年。港では名産のカキの復活にかける家族が汗を流し、海の安全を祈願する神社では、津波の記憶を伝える石碑が建てられた。そこには、いつか日付を入れるため、「復興完了」の文字が刻まれている。明日に向かい、歩む人々に出会う。
岩手県三陸北部の田野畑村。高さ200メートルの断崖が連なり、「海のアルプス」とも呼ばれる景勝地だ。東日本大震災で、漁業は、壊滅的な打撃を受けた。船も漁具も失った中、息子とともに特産のワカメ養殖を再開させた親子。養殖の傍ら観光客を乗せ、断崖の景観を案内するツアーも行う。ほかにも、ブログを通じた交流を糧に再起を図る漁師。人々が集う仮設鮮魚店を守る女性。復興に向け、確かな歩みを進める人々に出会う。
福島県南相馬市。冬、阿武隈山地から冷たい西風が吹き抜ける海辺の地域・萱浜(かいはま)では、人々は震災と原発事故に向き合いながら生きている。今も行方不明の仲間が戻ってこられるようにとこいのぼりを上げ続ける人。津波によって失われた海岸の松並木を復活させようとする若き苗木農家。行方不明の母が好きだった「相馬野馬追」への参加を目標に2人で歩む父と娘。あの日からまもなく2年。少しずつ前に向かう人々と出会う。
埼玉県の西部、「越生梅林」がある梅の名所として知られる越生町。およそ100軒の梅農家が、梅干しや梅酒などに使う梅の木を育てている。毎年2月末から3月にかけて、梅は開花を迎え、人々の目を楽しませる。長年にわたって梅を育て続ける農家、母から受け継いだ梅干しの味で観梅の客をもてなす女性、梅栽培を盛り立てようと奮闘する若手。梅の花に寄せる思いとともに、歴史ある梅の里を訪ねる。
群馬県の北西部にある草津温泉。800年前に源頼朝が開湯したとされ、年間270万人がこの地を訪れる。明治時代から続く入浴法“時間湯”を大切に守り継ぐ32代目の湯長。人知れず共同浴場の掃除を続ける71歳の女性。また、町では東日本大震災の避難者を300人受け入れ、その1人が今も温泉宿のフロントで働いている。名湯・草津で、訪れる人々を大切にもてなす心にふれる。
年間2000万人近くが訪れ、ことしの世界遺産への登録が注目される古都・鎌倉。マリンレジャーでにぎわう浜辺には、港がないため、砂浜から船を押し出して漁に出る漁師たちがいる。実は鎌倉は、鎌倉時代には日本最古とされる港が築かれるなど、魚介類やワカメといった豊かな海の幸にあふれている。春を告げるシラス漁に向かう若き漁師。地魚にこだわり続ける料理人。鎌倉の浜辺に生きる人々の姿を、春の温かな光の中に描く。
高度成長期、日本で最も大きく変貌した町、東京・西新宿。浄水場跡地から超高層ビルが空を覆うように立ちあがっていった。そのビルの谷間に、昭和29年から続き、来年閉園する小さな幼稚園がある。二代三代にわたって通った家庭からは、「新宿」を築いてきた歴史がうかがえる。ほかにも、ビル建設作業を支えた安全用品の専門店や、卒園式を彩ってきた花屋など。高層ビル街に暮らす人の春を描く。
東京都足立区、荒川の河川敷。明治時代には色とりどり3000本の桜が植えられ、「五色桜」と呼ばれる名所だった。戦後になって燃料に使われたり、堤防改修で伐採されたりした桜並木を復活させようと、同区が中心となって地元の人たちが植樹を続けている。河川敷周辺に並ぶ町工場のひとつ、ランドセル工場では、新学期に向けて傷ついたランドセルを繕う職人がいる。彩りを増していく河川敷で、「春」に思いを寄せる人々に出会う。
茨城県土浦市、真鍋小学校。その校庭の真ん中に、戦火や大火を乗り越えた、樹齢100年を超える5本の桜の大木がある。明治40年に新校舎が建てられ、その記念に当時の卒業生が植えたものだ。いまでは、新入生を迎える時期なると、6年生は1年生をおんぶして桜の周りを歩き、その歴史を伝える。木の傍らには、結婚や病からの回復を喜ぶ、卒業生たちの寄せ書きがある。地域で心のより所となってきた桜を訪ねる。
広大な牧草地と、間近には雄大な富士を望む、山梨県富士河口湖町・富士ヶ嶺(ふじがね)地区。標高1000メートルの高地に700人ほどが暮らす。終戦後、満州から戻った人々、農家の次男・三男が入植して開拓した酪農地帯だ。戦地で夫と死別し、女手一つで切り開いた土地を、大切に守り継ぐ酪農家の親子。牛の病気や出産などに対応する25歳の若手獣医師。富士のふもとに、確かな暮らしを営む人々を訪ねる。
千葉県習志野市、マンションや家々に囲まれた周囲3.5kmの谷津干潟。東京湾と水路でつながり、潮の満ち干で、さまざまな風景をみせる。20年前、都会に残された貴重な渡り鳥の飛来地としてラムサール条約の登録湿地になった。渡り鳥やカニ、ハゼ。春は命が輝く季節だ。干潟の自然観察センターで働く若者、かつて谷津から船を出した漁師、干潟の清掃活動に取り組む人たち。都会の自然を慈しみ守っていこうとする人々を訪ねる。
新緑の季節を迎え、札所巡りや芝桜をめでる人でにぎわう埼玉県秩父市。江戸時代から養蚕で栄えてきた町でもある。この時期、山あいの桑畑では、せん定作業が始まる。一方、町には「秩父銘仙」と呼ばれ、大正から昭和にかけふだん着として、女性たちから人気を集めた絹織物を作る工場が残る。秩父の草花などを題材に、職人の技で色鮮やかに仕上げられる織物。人々の思いが詰まった織物を今に残す女性。故郷に寄せる思いに触れる。
瀬戸内海に面した山口県周南地区。JRの駅につながる巨大な車両工場を中心に、新幹線の先頭ボディーから、内装、ちょうつがいに至るまで、あらゆる部品を作る工場が集まる。大正時代からの歴史がある鉄道の町には、ミリ単位の仕事をする職人たちのいる工場や、町を支え続ける工業高校がある。そして400の工場に弁当を届ける店では、はし袋に客からのメッセージを入れる。瀬戸内の澄み渡る景色の中、鉄道を支える誇りに触れる。
東京都世田谷区・等々力渓谷。全長およそ1キロメートル、ケヤキやコナラなどが生い茂る23区唯一の渓谷だ。川沿いには通勤や通学の人が行き交い、滝に打たれる人もいる。息子を亡くし、渓谷のそばで、緑の中の小さな命を絵に描き続ける女性。渓谷に故郷を感じ、年老いた母に見せてあげようとする男性もいる。そして近くの保育園からは、毎日園児達が散歩に訪れる。新緑の季節、都会の小さな自然に思いを寄せる人々に出会う旅。
名古屋市郊外の有松地区。東海道の茶屋集落の面影を残す町では、400年の伝統がある「絞り染め」という染色の技が息づく。作るのは色とりどり、そして個性的な柄を持つ浴衣だ。生地を糸でくくるなど「絞る」技法は様々。主に地域の女性たちが、それぞれ独自の技を受け継いできた。専門の問屋は生地を手に、地域の女性たちを回る。町には、絞り染めの先人達をまつる寺や祭りもある。初夏、染めに込めた思いに触れる旅。
沖合に松島が浮かぶ、宮城県塩釜市。江戸のころ、伊達藩の保護を受けて港町として栄えた。今、日本有数のマグロの水揚げを誇る。競りの威勢のいい声に包まれる魚市場。震災で被害を受けながら、父のマグロ専門店を守る女性。塩釜でつかの間の休息をとる漁師を受け入れてきた旅館。地名の由来にもなった、窯で海水を煮る伝統の塩作り。震災の被害も残る塩釜で、市場に寄せる思いにふれる旅。
長野県中部、常念岳や有明山など北アルプスのふもとに広がる安曇野市。3000m級の山々を源とする湧き水と清流の里として知られる。湧き水を利用した特産のわさび作りを守り継ごうと、都会から故郷に戻った若者。わさび田を潤した水を使い、イワナの養殖に取り組む家族。水辺を花で彩りたいと、さまざまな種類のハナショウブを育て続ける民宿の主人。雄大な北アルプスに抱かれ、水と寄り添いながら生きる人々の営みに触れる旅。
番組が訪ねた各地の山の景色と、その峰に思いを寄せる人たちの姿を見つめる「小さな旅・選集」。大量の雨が珍しいコケや屋久杉の森を育んできた鹿児島県・屋久島。独特の岩峰が登山者たちをひきつけてやまない山梨県・瑞牆(みずがき)山。人々の信仰を集め、ふもとの人たちの心のよりどころになっている鳥取県・大山。多彩な山々の映像美と、山人たちが織り成す物語をつづる。
栃木県の南部、下野市。一帯は江戸時代から干瓢(かんぴょう)づくりが盛んで、生産量は全国の9割を占める。この時期、農家では、ユウガオの実の収穫と皮むきが始まり、干された干瓢が揺れる。ユウガオが大きく育つのに欠かせないのが、適度な雨。同県は全国でも有数の雷が多発する地域で、地元では恵みの雨を呼ぶ雷を「雷様」と呼んで恐れ敬い、信仰の対象として豊作を願ってきた。初夏、雷様と雨を待つ人々に出会う旅。
九州・鹿児島から南へ380km、サンゴ礁に囲まれた奄美大島。海中にはおよそ300種のサンゴ、1000種の魚が群れ泳ぐ。この海で伝統的に行われているのが、潜水による漁だ。素潜りでハタやブダイの仲間を突く漁師、さらには、潜りの漁師たちが協力し、集団で魚の群れを網に追い込む「追い込み漁」。勇壮な漁のもようを水中映像を交えて描く。エメラルドグリーンの海が輝く夏、豊かな海の恵みとともに暮らす人々に出会う旅。
小さな旅では、鉄道に乗り、日本各地を巡ってきた。見つめたのは暮らしとともにある列車、そして鉄道に夢を乗せる人たち。米どころ秋田を走る秋田内陸線では、地域の人たちが無人駅を守る。山梨県の富士急行線では、富士の車窓を楽しんでもらおうと観光電車の乗務員を務める女性。千葉県・房総半島を走るいすみ鉄道では、菜の花の中、会社を辞めて挑戦した50代の新人運転士の奮闘の日々。四季の風景とともに故郷の鉄道を描く旅。
北海道のほぼ中央にそびえる夕張岳。280種以上の高山植物を育む「花の山」で知られ、夏の時期には、毎年4000人もの登山者が訪れる。ユウパリコザクラ、ユウバリソウ。夕張岳特有のアルカリ性の土壌は、ここにだけ咲くかれんな花々を生み、一面の花畑は人々を魅了する。38年欠かさず登る夫婦や、高山植物の保護に取り組む研究者、山小屋建設に汗を流すボランティア。雄大な景色とともに花に魅せられた人々を訪ねる。
神戸の市街地に寄り添うようにそびえる六甲山地。標高900mほどの山が30kmにわたって連なる。六甲山地は、幕末から明治にかけ、神戸の外国人居留地に暮らした「異人さん」が、近代登山を伝えた場所でもある。当時から残る「毎日登山」の習慣。中腹には異人さんをもてなした茶屋も残る。さらに「ロックガーデン」という岩登りの技術を磨く場も。花々や「ナイトハイキング」の模様も織り交ぜ、市民に愛される山を訪ねる。
北海道の北部、日本海に浮かぶ周囲12kmの小さな島・天売島。「海鳥の楽園」と呼ばれ、島の断崖には春から夏にかけ、オロロン鳥など100万羽の鳥たちが渡ってくる。崖を巧みに利用して子育てをする海鳥。その傍らで、漁師たちが小舟を操り、ウニ漁にいそしむ。この故郷の風景に魅せられ、幼い頃から鳥の観察を続けている観光ガイド。島の空き家で共同生活をしながら海鳥の調査を続ける学生たち。鳥と共に生きる人々を訪ねる。
明治時代から天然ガスの採掘が行われる千葉県茂原市。南関東ガス田の採掘の中心で、ガスを原料や燃料とする工場が林立する。市の東側の田園地帯では、農家がそれぞれガス井戸を持ち、今も家庭で使っている。工業地帯ではかつて、ガスの火でガラス加工し、真空管やブラウン管が作られた。今もその技を受け継ぐ親子がいる。400年にわたって続く朝市や、ガス灯の風景を織り交ぜながら、ガスの恵みとともに暮らす人々を訪ねる。
豊かな水を麓にもたらし、雨乞いの霊山として知られる神奈川県大山(おおやま)。農家や船乗り、火消しなど水に関わる人々の祈りを受け止めてきた。今も関東・東海一円に、「大山講」と呼ばれる人たちが700以上も残り、夏、大山とその門前町を訪れる。人々を迎え、参拝を取り次ぐ「先導師」たち。山の名水を大切に使う老舗の豆腐店。“聖なる滝”を守る女性。夏から秋へ移ろう季節、恵みを敬う人々に出会う。
九州一の大河・筑後川に抱かれた福岡県久留米市。川の水運と、豊富な水を蒸気に変え、大正時代からゴム産業で栄えてきた。町にはタイヤや靴、さらに靴底に模様を付ける機械部品を作る工場までが軒を連ねる。地元の小学校と、上履きの試作品を届けるメーカーとの交流。仕事帰りの労働者の心も満たした飲食店が並ぶ小路。煙たなびくゴムの街、雄大な景色の中、もの作りの誇りと働く人たちを支える喜びに触れる旅。
阿武隈高地に抱かれた福島県古殿町。鎌倉時代からやぶさめの伝統が根づき、毎年秋には、町の神社に奉納されるため、雄大な山並みを背景に練習に熱がこもる。やぶさめに出ていた祖父に憧れ、馬の飼育を生業とし、かつての農耕馬との暮らしの復活を夢見る若者。東日本大震災の影響を受けた林業の再生のために故郷へ戻った後継者。町のお年寄り50人を訪ね、米粉の菓子を伝え残す農家の女性。山里の秋、伝統を受け継ぐ人々を訪ねる。
岡山・宇野港と香川・高松港を結ぶ宇高航路。瀬戸大橋の開通により、連絡船は廃止されたが、今も1日44便のフェリーが運航し、地元の大切な足となっている。1日に500艘(そう)の船が横切り、海上交通の要衝として知られるフェリー航路では、ベテラン船長のもとで20代の船員が技術を学ぶ。連絡船の元船長は、思い出を切り絵で残す。航路周辺の海にはタイやエビの漁を営む漁師がいる。航路の風景とともに生きる人を訪ねる。
琵琶湖の沖合に浮かぶ、周囲6.8kmほどの沖島。国内で唯一、淡水湖の中で人々が暮らす島だ。330人の島民のほとんどが漁業に携わっている。島には車もなく、狭い路地で人々は支え合って暮らす。琵琶湖で夜通し、スジエビを狙う漁師夫婦。給食を船で運ぶ島の小学校。都会で大けがをして戻った故郷で、島の風景を手芸作品に込める女性。湖の小さな島、支え合う日常をみつめる。
山々の紅葉と、湿原の“草紅葉”の絶景が広がる秋の尾瀬。燃えるような紅葉の中、“歩荷(ぼっか)”と呼ばれる男たちが、毎日80キログラム以上の荷物を背負い、山小屋に食料や燃料を届ける。歩荷が暮らすのは、ふもとの片品村。湧き水に恵まれ、大豆栽培などが盛んだ。地元農家のもとで働き、歩荷の夫を支える妻。若い歩荷たちに野菜を届けてきた農家。尾瀬を支える歩荷たちの誇り。支えあい暮らす人々の心に触れる旅。
新潟・魚沼にそびえる標高2003メートルの越後駒ヶ岳。冷え込みを増す秋の朝、りょう線を流れるような“滝雲”という珍しい風景が見られる。登山道には江戸時代、鉱夫らが江戸に銀を運んだ“銀の道”や、お堂を守る人々の姿がある。雪渓や花々、宝石のように輝く池が、登山者の目を楽しませる。山頂からは佐渡を望む絶景。その近くの山小屋には、管理人夫婦の固い絆の物語。さわやかな秋の風景とともに、人々の思いに触れる旅。
色とりどりの紅葉に包まれた、福島県・安達太良山。詩人・高村光太郎の妻・智恵子は、この山の上の青空が「ほんとの空」と言った。錦秋の登山道。雪解け水が流れる沢で沢登りを楽しみながら、放射線量を測り続ける人に出会う。また、温泉が人気の山小屋では、東日本大震災後に職を失って小屋で汗を流す人が。そして、地元高校の女子山岳部員たちは、澄み渡る空の下、山に勇気をもらう。故郷の山に抱かれた人々の思いに触れる。
長さ50キロメートル、一方で幅は狭いところで800メートルほど。急斜面が続く愛媛県佐田岬半島。秋は上手風と呼ばれる北西の風が吹き付ける。防風垣を大切に手入れし、斜面でかんきつ類を育てる農家。潮流も速い海で、風を読み、時に助け合いサザエやアワビを素潜りで狙う男の海士(あまし)たち。今年度で閉校する小学校では、風の俳句を詠む子どもたち。岬には、ヒヨドリの大群が舞う。風とともにある暮らしを訪ねる。
広島県尾道市、300メートルほどの尾道水道を隔てた先に浮かぶ人口2万4000の向島。漁業やかんきつ栽培、造船所が島の暮らしを支える。昭和の初めから続く、綿の帆布を作る工場。漁船の帆や、造船所の工員の防具を作ってきた。帆布を今も瀬戸内の海でたなびかせ、タイなどを狙うベテラン漁師。さらに、船をこぐ「櫓」を樫の木から15種類のカンナを使い分け、丁寧に削る職人の技。晩秋の瀬戸内、島に息づく誇りを訪ねる。
視聴者からの手紙でつづる「忘れられないわたしの旅」。ことしも全国から500通近い手紙とメールが寄せられた。1回目は、大切な人と心を新たにした旅を紹介。千葉県の26歳女性は、札幌の学習塾で働いていた時、同僚の寿退社を祝い、留萌線の「秘境駅」を巡った旅。定年退職記念の旅行券で、亡き妻に代わって娘と訪れた那須・日光の旅。群馬県榛名湖からは、震災で福島から避難した農家の母とようやく実現した旅路を描く。
視聴者からのお便りでつづる「忘れられないわたしの旅」。2回目は歳月をともに歩んだ夫婦の心に刻まれた旅をたどる。米作りや内職で、必死に子育てをしてきた夫婦のために孫がプレゼントした紅葉の黒部峡谷・トロッコ電車の旅。梅栽培を手がけた夫を支えるため、東京と三重の農園を通った紀伊半島、紀勢線の旅。戦時中の満州で出会い、故郷を捨てて生きてきた老夫婦の信州安曇野と善光寺への祈りの旅。3編の旅路を見つめる。
静岡県熱海市、観光客でにぎわう中心部から5km南にある多賀地区。日当たりの良い山の斜面では、正月飾りに使う「橙(だいだい)」の収穫に、4代目の家族が汗を流す。強い風を受ける海では、イセエビ漁。父と共に、東京から戻った息子が、橙色の朝焼けの中、漁にいそしむ。帆をなびかせる地元の高校ヨット部の女子部長は、民宿で父を手伝いながら技を磨く。年の瀬が近づく多賀地区、「代々」の誇りと生きる人々を訪ねる旅。
山梨県の東、660人が暮らす上野原市西原(さいはら)。山々に囲まれた急斜面の畑で、人々は昔ながらの生活を営む。水田は作れず、江戸時代の年貢は雑穀で納めていた。「種は絶やすな」と言い残した父の教えを守り、今も雑穀を育てる兄弟。遮るもののない斜面の上、絶景に抱かれ暮らす夫婦。東京から移り住んだ若者。集落を照らすイルミネーション。冬深まる風景とともに、暖かな陽の注ぐ山里の暮らしを見つめる旅。
商人の町として知られる茨城県石岡市。通りには、「看板建築」という西洋風の建物が立ち並ぶ。町は昭和4年、筑波おろしの強風にあおられ大火になり、その復興に伴う道路拡幅のために軒先を削った「看板建築」が採用された。当時のたたずまいのままに残る履物店では、80歳女性の手仕事の技が息づく。女性3代で守り継いできた理容店。復興を手がけた左官職人の孫もその仕事を継ぐ。町の誇り、看板建築に込めた思いに触れる。
赤城おろしが吹き付ける埼玉県深谷市櫛挽(くしびき)。戦後に開拓され、森を切り開く際には、防風林にする部分は木を切り残して耕地が作られた。夫婦でネギを収穫する家では、この時期、防風林の落ち葉を丁寧に集め、春に備えて苗床を作る。開拓の労苦を知る人は、当時の道具を今に伝え、防風林を守るために竹を植える活動をする。さらに、子どもたちと開拓者たちの温かな交流。防風林を慈しむ、冬の開拓地を訪ねる。
早朝の東京・銀座。ビルの窓ふきが始まる中、歌舞伎座のある地下鉄・東銀座駅に、行商歴61年、84歳の女性が茨城から通ってくる。通りの片隅に並べられる新鮮な野菜やお餅。買い求めるのは、顔なじみの人たちだ。銀座に住み、幼い頃から付き合いがある人。銀座の会社で働く女性は、交流を心の支えにしている。また、配達用の自転車を届けに来る、理容店の女性。銀座の一日の風景と共に、都会の温かさに触れる旅。
八ヶ岳の麓、標高900mに広がる長野県小海町。冬は氷点下15度。日本一高所を走るJR小海線を降りると、雪と氷と共に生きる人々がいる。一面氷に閉ざされた松原湖のワカサギ釣り、そして湖を管理する宿の主人。星降る冬の夜空を描こうと、東京から夫婦で移り住んだ画家。保存食作りをきっかけに、福島県飯舘村と交流を続ける主婦たち。子供たちはアイススケートに励む。凍てつく寒さの中に息づく、暮らしの輝きに触れる旅。
山形市山寺。年間70万の観光客でにぎわう東北有数の観光地も、冬はひっそりと息をひそめる。雪に包まれ、静かな山寺で聞こえてくるのは、故郷の暮らしの音だ。門前町のみやげ店が、春に向けてお菓子を作る音。山の上のお寺に麓の家族が、参道を上ってやってくる音。お堂から聞こえる念仏。小学校では、小さな芭蕉たちが音を俳句に表現する。地元の人々が「1年で一番美しい」という真っ白な山寺の静寂に、耳を澄ませる旅。
豪雪の新潟県南魚沼市。深い雪が生む湿気の中で織る麻織物「越後上布」は、越後の女性が継いでいく伝統の技だ。一方、材料の麻糸をつなぐ「苧績み(おうみ)」をするのは、86歳の女性。女性たちの傍らには、機の神が宿るという「巻機山」がそびえる。越後上布を漂白する「雪晒し」や、江戸時代の書物「北越雪譜」にもつづられた「雪ほり」などの風景とともに、雪国の暮らしの輝きに触れる旅。
みぞれのような、重い雪が降る冬の金沢。町には心身ともに温まる「茶」の文化が根づいています。加賀藩の時代から続く「茶道」。毎月寺院では茶会「月釜」が開かれ、300年以上の技を受け継ぎ、釜を作る職人もいます。そして家庭で広く愛される、お茶の茎を焙じた「棒いり茶」。創業154年の老舗茶店では、父と娘が自家ばい煎で棒茶の極みを目指します。暮らしの傍らには茶がある、金沢の冬を訪ねます。
岡山県、瀬戸内海に浮かぶ北木島は、島全体が花こう岩でできている「石の島」。島でとれた御影石は、大坂城の石垣や日本銀行本店などに使われ、江戸時代から上質な石「北木石」の産地として知られてきた。100年間を超えて掘り続けられる石切り場に息づく職人の技。島の小学校で歌い継がれる伝統の石切唄。石の加工を担う元高校球児の物語。瀬戸内の漁の風景を交えながら、島の誇りである石とともに暮らす人たちを訪ねる旅。
「上州三山」のひとつ群馬県の榛名山。度重なる噴火で、中央のカルデラと榛名富士を、とがった峰峰が囲む複雑な山容をみせる。山麓には梅林が広がり、関東一の梅の生産を誇る。3月、梅農家は品種ごとに咲き継いでいく花をめでながら、せん定や受粉作業に追われている。一方、山上の榛名湖は、まだ氷に覆われたまま。雪原の中にかすかな春をみつけ、風景を描く人にも出会う。早春の榛名山と、山麓の暮らしに春の喜びをみつける旅。
東京都新宿区の国立競技場。昭和39年、東京オリンピックは、戦後復興をとげた姿を世界に示し、スポーツの祭典に日本中が熱狂した。今、2020年のオリンピック開催が決まり、新競技場建設のため、夏に解体される予定だ。数々の名勝負を生み、人々の思いが詰まった舞台。芝生を世界に誇れるまで育てたグラウンドキーパー、競技場の中の水泳教室、スタジアムに隣接する団地の暮らしなど、国立に夢を重ねてきた人々を訪ねる。
寒さが緩み、水ぬるむ春。小さな旅では、水を慈しむ人たちを見つめてきました。山梨県忍野村。富士の伏流水は村の至る所からわき、田へと流れ、青き富士を映します。千葉県習志野市の市街地に残る谷津干潟。渡り鳥の舞う自然を解説する若い女性がいます。空に向かって積み上がっていくような棚田は、愛知県新城市の「四谷の千枚田」。先人の築いた田を、大切に守り継いでいます。3つの水の物語を故郷の風景とともにつづります。
戦後まもなくから続く飲食店街、新宿ゴールデン街。開発が続く新宿にあって、木造2階、トタン屋根の町並みは、時が止まったような雰囲気を醸し出し、外国人旅行者など多くの人をひき付けている。早朝、夜が明けた街には、ひと味違った景色が広がる。この街に暮らし、鉢植えの桜を楽しむ女性。閉店後の店を忙しく回る氷屋。40年ぶりに店を始め、再出発を誓う80才の女性。街に「小さな故郷」を見いだし生きる人々を訪ねる。
JR中央線で新宿から30分の東京国立市。駅前から約1キロにわたり桜の古木が通りを彩る。昭和9年に植えられた桜は、地元の人々の心に寄り添ってきた。60年続く菓子店を切り盛りしてきた女性は、亡き夫への思いを桜に重ねる。桜を守るため、そして通りを行く人々の目を楽しませるため花壇の手入れを続ける男性。通りに立つ教会では、地元で生まれ育った女性が結婚式を挙げる。人と桜の物語を紡ぐ旅。
鹿児島湾の中心、桜島。大正の大噴火から今年で100年。今も年間800回以上噴火している桜島はふもとに生きる人々の暮らしを見守ってきました。60年以上耕し続けている畑から毎日桜島を眺め、噴火を子守歌だという女性。溶岩地帯が育むガンガゼと呼ばれるウニの漁に挑む親子がいます。火口近くの集落では、火山観測所で勤め上げた男性が大噴火を生き延びてきたつばきを大切に育てていました。火山とともに生きる人々を訪ます。
宮城県石巻市北上町。東北一の大河「北上川」の河口に沿って広がる町です。震災で、津波は川を遡り、深い爪痕を残しました。それでも、北上川に群生するヨシ原では、今年も春の火入れが行われます。浜では、ワカメの出荷作業。全てを失いながらも、作業場を再建し、船を手に入れ、海に向かう家族がいます。そして、さら地となった故郷に通い、畑を耕し続ける女性。集落では、春の祭りが復活します。復興へ歩む人々を訪ねる旅です。
神奈川県西部、丹沢山系に位置する山北町。町の面積の9割以上が山林だ。昭和の初めまで箱根の山々をう回する路線が通り「鉄道のまち」として栄えた。5月、木々が一斉に芽吹き、町は新緑の輝きに包まれる。茶畑を守り、茶摘みの頃を待ちわびる元鉄道員。山あいの集落と駅を結ぶバスの運転手もしている。丹沢湖を望む牧場では、地元出身の獣医師が、酪農家から預かった幼い牛を放牧する。緑の輝きに包まれた山里の暮らしを訪ねる。
茨城県・霞ヶ浦の南に広がる美浦村、阿見町、稲敷市。かつては農耕や運搬など、人々は馬とともに暮らしてきました。昭和53年、美浦村に日本中央競馬会のトレーニングセンターができ、周辺にはおよそ40の牧場が集まっています。生まれた時から手塩にかけ育てる「生産牧場」。怪我や病気からの再生を請け負う「休養牧場」。そして厳しい調教で疲れた競走馬の体をもみほぐす人。サラブレッドに魅せられ、支える人々を訪ねる旅。
房総半島の南端、太平洋に面し5キロの砂浜が続く千葉県館山市平砂浦(へいさうら)。かつて「房州砂漠」と呼ばれた荒れ地は、戦後砂防林が築かれ耕作地が広がった。子どもたちが走り込み、サンドボードに興じる「砂山」は、砂との闘いを今に伝える。砂地の畑では、手塩にかけ育てられた切り花のひまわりやトウモロコシ。砂防林の保全を続ける地元の人々や、サーフィンに夢をかける若者もいる。風と砂に抱かれた暮らしを訪ねる。
新潟県中越地震から10年を迎える長岡市山古志。牛の角突き、棚田の田植え、山菜取り。故郷の暮らしが戻る中、前を向き歩む人々がいます。越後三山を望む花畑は、震災後、荒れた田畑に80才を越える父とその娘が植えてきました。水路トンネルを管理し、そこから引くわき水でニシキゴイを育てる人。震災で畜産を断念した男性は、仲間の力を借り、アルパカの観光牧場を切り盛りします。春から初夏、復興へ歩む山古志を訪ねます。
静岡県西伊豆町堂ヶ島。海岸線は複雑に入り組み、大小さまざまな島が浮かびます。初夏はテングサ漁。ベテランの海女たちが素潜りで手際よく集めます。浜では家族総出で天日干し。一面がテングサの赤紫に染まります。町にはテングサを加工した寒天で作る菓子店も。堂ヶ島の洞窟を巡る遊覧船には、新人船長がデビューしました。「トンボロ」や、三四郎島に沈む夕日の風景など織り交ぜながら、堂ヶ島の海に思いを寄せる人々を訪ねます。
小さな旅では、海と寄り添うくらしを見つめてきました。鹿児島県奄美大島。さんご礁の海で、素潜りで魚を狙う若い漁師は、子どもを島で育てたいと故郷の海に戻りました。北海道天売島。100万羽の海鳥が集まる島です。鳥に魅せられ、島のガイドをする男性の楽しみは、息子との野鳥観察会です。強い風と生きてきた静岡県熱海市多賀。地元高校のヨット部員たちが腕を磨きます。3つの海の物語を故郷の風景とともにつづります。
都心から南へ200キロ。「神様の宝物をしまう蔵」から名付けられた、東京・御蔵島。島の周りには、野生のミナミハンドウイルカが120頭ほど生息しています。観光客を乗せ、イルカの海を案内する船長。イルカ一頭一頭に名前をつけ調査を行う、島に移住した研究者。島に広がる原生林では、亡き父の志を継ぎ森を守る元教師。イルカと泳ぐ、小学5年生の少女もいます。御蔵の宝を守り継いでいこうとする島の人たちを訪ねる旅。
長野県飯田市龍江(たつえ)。天竜川に抱かれたこの地におよそ3000人が暮らしています。ここで、江戸時代から続くのが人形浄瑠璃です。りんごを栽培しながらけいこに励む農家は、若手の指導も担います。人形浄瑠璃に使う人形も、地元のひとの手作り。舞台の掃除も地域で行い、公演は皆で盛り上がります。天竜川のあゆ釣りや伊那谷の夏の風景とともに、地域の宝を守り継いでいく人たちの心意気を伝える旅です。
関東の大河・利根川中流に位置する埼玉県羽生市。人々は度重なる水害と闘ってきました。盛り土をした「水塚」がその歴史を今に伝えます。本川俣地区には、江戸時代に水害で犠牲となった人々を供養するために作られた地蔵を、家から家へとリレーしてまわる「まわり地蔵」という風習が260年以上続いています。稲作農家、家族総出で迎える家、そして特産の金魚養殖を営む方。地蔵のリレーとともに思いを寄せる人々に出会う旅です。
街中を運河が流れる、東京都港区芝浦。大正8年に完成した埋め立て地です。最近は高層マンションの建設など再開発が進み、急速にその姿を変える一方で、運河沿いには代々続く漁師が住み、屋形船の伝統を守り続けています。かつて水質が悪化した運河は次第に本来の姿を取り戻し、カニや水鳥などさまざまな生き物が見られるようになり、新しく芝浦にやって来た住民たちを楽しませています。運河に寄り添い暮らす人々を訪ねる旅。
富山平野を見下ろすようにそびえる立山。主峰・雄山(標高3003メートル)は、多くの登山者たちに愛されてきました。立山には山岳警備隊が常駐、登山客の救助活動などを行います。厳しい任務にあたる隊員たちの楽しみは食事。40年近く働く女性が作る心づくしの料理が、ひとときの安らぎを与えています。「立山に登ってこそ一人前」とされる富山では、小学生たちが山頂を目指します。夏の立山に集う人たちに出会う旅です。
東京から電車で1時間あまり。湖と緑に囲まれた山里に“アートの町”と呼ばれる所があります。神奈川県相模原市藤野地区。多くの芸術家が移り住み、街には、30を超える不思議な野外彫刻が点在。きっかけは20年あまり前、町の人が廃屋を紹介するなど芸術家を迎え入れたことです。人が人を呼び、今ではその数、200人以上。自然な近所付き合いが生まれ、町おこしに奔走する若い芸術家まで。アートで活気あふれる山里を旅します。
赤瓦屋根の家々と青い海が広がる沖縄本島北部の大宜味村喜如嘉地区(きじょか)。ここでは、琉球王朝時代から続く伝統の「芭蕉布」(ばしょうふ)作りが行われています。中でも経験が必要とされるのは、芭蕉の繊維を一本一本結んで糸にする「うーうみ」と呼ばれる手仕事。夏、軒先では、さわやかな風の中、おばあたちが静かに糸を紡ぎます。貧困や沖縄戦など困難な時代を乗り越え、芭蕉布を懸命に守り続けてきた女性たちの物語です。
出羽三山の一つ、月山(標高1,984メートル)。夏、白装束に身を包んだ人たちが全国から訪れます。月山はおよそ1,400年前に開山されたとも言われ、山岳信仰の聖地として多くの参拝者が頂を目指します。月山の豊かな雪解け水の恵みを受け、米を作る麓の農家は、山の先達となり、先祖供養に訪れた参拝者を案内します。霊峰に魅了される人々と、緑映える山を訪れます。
福島県南相馬市鹿島地区。米作りが盛んな農村地帯だったこの街は、農業体験と新鮮な農作物を楽しめる「農家民宿」が人気を集めていました。しかし、3年半前の原発事故で一変、今も街は、荒れ果てたままです。そこに響きはじめた女性たちの笑い声。農家民宿のおかみたちが、かつての田んぼで「藍」を育て、藍染めを始めました。仮設住宅に暮らす人や、移住者、農家。それぞれの思いを胸に、支え合い暮らす女性たちを訪ねます。
穏やかな瀬戸内海と温暖な気候につつまれる岡山県瀬戸内市牛窓町。「日本のエーゲ海」とも呼ばれる牛窓を訪ねると目にとまるのが、オリーブ畑。戦時中、食糧難だった時代にオリーブ栽培が始められ、今や日本を代表する一大産地になりました。町では普通の家々の庭にもオリーブの木が植えられています。人生の節目に記念樹としてオリーブを植える人、オリーブの木を育てて家庭に届ける人など、オリーブとともに暮らす人々を訪ねます。
豊かな水をたたえる長野県の諏訪湖。秋、ワカサギ漁が解禁となり、湖面には投網の花が咲きます。諏訪湖は、季節の恵みをもたらすだけでなく、多くの市民が楽しむ場にもなっています。手作りのカヌーで毎日のようにこぎ出すお年寄りたち。職場の仲間や友達同士でチームを作り、参加する恒例の市民ボート大会。100年以上続く伝統の部活を守ろうと、ボートに打ち込む地元の高校生たち。世代を超えて愛される諏訪湖を訪ねる旅です。
平安の昔から、熊野詣の参詣道として川舟が往来した世界遺産・熊野川(くまのがわ)。下流の三重県紀宝町では、漁や物資の運搬など、川を中心に暮らしが営まれてきました。地元では、川舟文化を守り伝えたいと、船大工たちが伝統の船を復活させ、旅人に川を案内しています。一方で、熊野川は“暴れ川”と呼ばれ、しばしば氾濫し、人々を苦しめてきました。悠久の流れが育む文化や恵みとともに、たくましく生きる人々に出会う旅です。
北海道・知床半島にある羅臼町。10月初旬、山の木々が鮮やかに色づくころ、沖には夜通し、まぶしいほどの漁火がたかれます。羅臼沖は、“イカの終着地”と呼ばれ、北上するスルメイカの漁場。イカを追い求め、「外来船」と呼ばれる羅臼以外の大きな船が全国から集まり、シーズン最後の漁に賭けます。一方、地元の漁師は小さな船でイカを釣ります。晩秋の知床、大小の漁火のもとに広がる漁師たちの物語です。
群馬県の北部、新潟県との県境にある山あいの温泉街・猿ヶ京は「民話の里」。温泉旅館では、女将がいろりを囲んで民話を語り、大勢のお客さんが集まります。江戸の昔、猿ヶ京には関所が置かれ、旅人たちは温泉で疲れを癒やし、民話を残していきました。今では、子どもたちも民話を語り継いでいます。街道沿いには民話にゆかりのあるお地蔵さんも多く見ることができます。民話が息づく山里を訪ねる旅です。
シリーズ山の歌、今回は、栃木県北部にある那須連山を訪ねます。秋、木々は色づき、那須連山は「錦のじゅうたん」のように鮮やかに彩られます。主峰の茶臼岳はロープウェイで9合目まで登れるとあって、紅葉を見ようと多くの登山者でにぎわいます。那須の山の魅力を伝える山岳ガイドの女性や、那須の紅葉を撮り続ける写真家。登山客の疲れを癒す江戸時代から続く宿の5代目。那須連山の紅葉と地元の山を愛する人たちに出会う旅。
甲府盆地を見守るようにそびえる山梨県の乾徳山(標高2031メートル)。多くの登山者をひきつけるのは岩場。この季節、険しい岩場を登ったり、色づいた紅葉の木々と岩の織り成す景色を楽しもうと登山者が訪れます。岩山に魅せられ、山に通い続けるのは、お城の石垣などを組む「石匠」(せきしょう)と呼ばれる職人。古くから修験の場でもあった乾徳山には、祈りの声が響きます。歴史ある岩山に集う人たちに出会う旅です。
能登半島北部にある石川県輪島市。この地域には、母がよく働き、とと(父)が楽をするという意味の「能登のとと楽」という言葉があります。輪島名物の朝市で、取れたての魚や干物を威勢よく売るのは、漁師のおかみさんたち。自分の家の船で取れた魚をリヤカーで売り歩く「振り売り」の担い手も女性たちです。11月上旬、ズワイガニ漁が解禁となり、港は一層忙しくなります。活気あふれる漁師町で、元気な女性たちに出会う旅です。
松山市の沖、瀬戸内海に浮かぶ忽那(くつな)諸島の中島は、島民の多くがみかん栽培に関わる「みかんの島」。明治時代から始められた、みかん栽培。秋から春にかけては、温州みかん、いよかん、デコポン、レモンなど10種類以上のかんきつ類が次々と色づき、収穫の季節を迎えます。代々続くみかん園を守り続ける夫婦や、周囲の島々で作られたみかんを運ぶ「みかん船」の船長など、みかんとともに暮らす人々を訪ねる旅。
小さな旅では、毎年、視聴者のみなさまから旅の思い出をいただき、手紙シリーズ「忘れられないわたしの旅」を放送しています。今年度は、350通のお手紙やメールをいただきました。病と闘い続けた夫婦が、生きる希望を取り戻した三重・神島への旅。飯田線で偶然出会った女子高生との交流。女学生時代、恩師とたどった宮沢賢治の生家と東北への旅。第1回は、それぞれの人の心に深く刻まれた旅の物語を紹介します。
みなさまからいただいた旅の思い出でつづる、手紙シリーズ「忘れられないわたしの旅」。第2回は、大切な人と見た、かけがえのない風景をたどります。人生の節目に必ず訪れる、父との思い出の場所、福島県・背戸峨廊(せとがろう)。病と闘った夫と、最後の旅で出会った白馬の山々。懸命に働き続けた母と生涯にたった一度の旅で目にした、千葉県鴨川の幻想的な風景。それぞれの人の心に深く刻まれ、今も鮮やかに輝く旅の物語です。
房総半島の南部、東京湾に突き出すようにある千葉県富津市の富津岬。初冬、岬の周辺では、のり漁が始まります。のりの摘み取りをするのは「もぐり船」という独特な形の船。沖に張ったのり網をくぐるようにして行うのが富津のこの時期ならではの風景です。夫が取った生のりは、自宅の工場で妻が板のりに加工していきます。港近くの鉄工所では、この時期、もぐり船の修理に追われ、のり漁を支えます。のり漁でにぎわう町を訪ねます。
八ヶ岳山麓にある山梨県北杜市。冬、町の人たちをひきつける野生動物がいます。それが、この地域に多く生息するフクロウ。夜行性のフクロウを目にすることは難しいのですが、この地域では冬の間だけ日中にも姿を見せます。フクロウの表情に魅了され、追い続けるカメラマン。県外から移住して、フクロウウオッチングのガイドをする男性。フクロウの鳴き声を聞きながら生活する夫婦など、フクロウにみせられた人たちに出会う旅です。
埼玉県西部にある飯能市東吾野(ひがしあがの)地区は、古くから品質の良い杉やヒノキの産地。ここから切り出された木材は川を下り、江戸へと運ばれ、“西の方の川から運ばれる木材”という意味で「西川材」と言われ珍重されてきました。樹齢100年以上の木々を丁寧に手入れして守る山主、木の性質を見極めながら伐採から製材まで手がける林業家など、先祖から受け継いだ山林を大切に守る人たちの心に出会う旅です。
霞ヶ浦の南部に面した茨城県稲敷市。豊かな水に恵まれたこの地域で栽培されているのが、れんこん。冬、凍りつくような水に胸までつかり、かき分けながら、れんこんを掘り出していく様子は、まるで宝探し。日本一の産地である霞ヶ浦周辺の中でも、浮島地区のれんこんは、ひときわ白くて甘く、「浮島れんこん」と呼ばれ評判です。れんこん栽培の名人や、新たに受け継ごうという若者など、れんこんを愛する人たちを訪ねる旅です。
新潟県上越市高田は、雁木(がんぎ)の町。雁木は、雪よけのために家の軒を長くし、その下を通路にしたもの。総延長は16キロメートル、全国一の長さを誇ります。雁木通りに面した店や家の入り口は、ガラス張り。そのスペースに、それぞれの家の自慢のものが飾られ、町を行き交う人を楽しませます。雁木の修理を手がける大工さん。雁木の町を盛り上げようと故郷に戻ってきた若者など、雁木を大切に守り、暮らす人たちを訪ねます。
本州最北の私鉄、津軽鉄道。冬、大雪の中を走るのは、ストーブ列車。「津鉄(つてつ)」の愛称で親しまれ、昭和5年の開通以来、沿線に暮らす学生やお年寄りを運び続けてきました。厳しい地吹雪のなか、運休なく走らせることが、鉄道マンたちの誇り。冬の大仕事は、雪かき。鉄道マンたちは、大汗をかきながら、およそ20kmの線路の雪を取り除いていきます。厳冬の津軽平野を駆け抜ける列車を守る人たちを訪ねる旅です。
古くからニシン漁で栄えた、北海道石狩市厚田。江戸時代にニシン漁は始まり、村はヤン衆と呼ばれる出稼ぎ労働者でにぎわいました。一時は、ほとんど取れなくなりましたが、近年ニシンが少しずつ戻り始め、浜にはかつての繁栄をしのばせる情景が広がります。「あい風」という冷たい北風が吹くなか、一家でニシン漁を営む漁師。ニシンを移動販売車で行商する男性や新たに漁を始めた若者など、厚田の浜に生きる人々の思いを訪ねます。
上州名物、空っ風。冬、群馬県前橋市には、赤城山からの強い風が吹き荒れる。町を歩くと目に付くのは、かしぐねと言われる生け垣。風から家を守るためにかしの木が植えられ、その高さは、10mにもなります。手入れするのは、この道40年の植木職人。小麦農家は、風に負けないように、麦を踏みつけ根を張らせることで苗を強くします。町では、たこ揚げを楽しむ姿も。空っ風を受け、たくましく、楽しく生きる人たちに出会う旅です。
豊かな水をたたえる栃木県の清流・那珂川。那須烏山市では、この川とともに暮らしが営まれてきました。澄み渡る水で作られるのは、烏山和紙。町の学生のほとんどは、烏山和紙で作られた卒業証書をもらい、春を迎えます。伝統の和紙を守るのは、町にただ一人となった職人。川は季節の恵みももたらします。冬が旬のニゴイをとるサイタタキ漁。町で盛んな焼き物にも水が欠かせません。ふるさとの水を大切にする心に出会う旅です。
今から50年前、ぶどう畑が広がる田園地帯から温泉が湧き出ました。山梨県の石和温泉(いさわ)。山梨県の誇る温泉郷として親しまれています。旅人をもてなそうと一人前の芸者を目指す若い女性。温泉はニシキゴイを育てるのにも使われ、その成分で色の美しいニシキゴイを生み出します。温泉街を支えてきた人たちを癒やすのも温泉。町唯一の公衆浴場には、心通わせる地元の常連客の姿が。石和温泉をこよなく愛する人たちの物語。
雨が少なく、大きな川のない香川県。人々は古くから、ため池を作って水を確保してきました。香川県西部の観音寺市は、400余りのため池があり、今も生活を支えています。ため池の水でレタスを作り、フナを養殖して郷土料理を作る農家。水を農家に届けるため、毎日用水路を見回る組合職員。ため池では、釣りや無線操縦のボートを楽しむなど憩いの場にも。ため池とともにある人々の暮らしを見つめます。
春。あでやかに咲き誇る桜。小さな旅では、各地の桜をその地に暮らす人々の営みとともに見つめて来ました。東京都国立市にある1.2キロにも及ぶ桜並木では、桜を守るため花壇を整備する元サラリーマン。茨城県土浦市の小学校からは、校庭に咲く桜の下のメッセージボードに思いを記した若い夫婦。東京都足立区からは、かつて荒川土手を彩った“五色の桜”を取り戻そうと言う人たち。桜に思いを託す3つの物語をつづります。
日本経済を支えてきた大企業が集まるビジネス街、東京・大手町界わい。再開発が進められ、街は大きく姿を変えようとしています。多くのビジネスマンが働くこの町には、昔から大切にされてきたものが残されています。取り引きがうまくいくよう、願掛けにくるのは将門塚。仕事の合間にほっと一息つく、レトロな風情の喫茶店。異動の時期、花屋には送別会用の花を求める人の姿が。ビジネス街で働く人たちの“オアシス”を訪ねる旅。
貿易の拠点として栄えて来た神戸市。外交官や貿易商など外国人が移り住んだのが北野地区です。人々から「異人さん」と呼ばれた彼らが、かつて暮らした、50棟もの「異人館」が建ち並んでいます。北野はいまもさまざまな国籍を持つ人たちが暮らす国際色豊かな街。真珠の加工を手がけるインド人の職人や、日本で最も歴史の古いスポーツクラブで汗を流す20か国以上の人たち。神戸の地で多様な文化を育む人たちに出会う旅。
東京・下北沢。街に集まるのは、若い人だけではない。年齢を重ねても、夢や希望を持ち続ける人が行き交う。3月に閉店した老舗のライブハウス。最後のライブに集まったのは、かつて夢をこの地に託した人たち。長年、営業を続けてきた焼き鳥屋には、若い頃通った人たちが数十年ぶりに訪れ、昔の気持ちを取り戻して帰っていく。地元で愛されてきたパンを受け継ぎ夢をかなえた人も。再開発で変わる街で、変わらず夢を持つ人に出会う旅。
鳥取県西部にある米子市。町を流れるのは旧加茂川。この川を中心に海運業が栄え、商都として発展をしてきました。川沿いの至る所にあるのが、お地蔵さん。江戸時代に作られたと言われるお地蔵さんに、出勤前や買い物の途中など、町の人は手をあわせます。寄せる思いは様々。子どもの成長を願い、お地蔵さんの世話を続ける人。商売繁栄を願う人。若者もお地蔵さんを守り伝えようとしています。お地蔵さんとともに暮らす人に出会う旅。
秩父山地に囲まれた、埼玉県小鹿野町は「歌舞伎の町」と言われています。江戸時代に歌舞伎役者が、この地の人たちに伝えたのが始まりとされ、現在も「農村歌舞伎」が年間およそ20回も上演されています。役者は皆、農家や会社員など町の人たち。かつらや衣装なども地元の人が担当しています。子どもたちも幼い頃から歌舞伎を習いながら、地域の一員として成長していきます。歌舞伎でつながる人と町を訪ねる旅です。
神奈川県三浦半島の東南に突き出した小さな岬、観音崎。古くから交通の要衝とされ、1日500隻の船舶が行き交います。かつては灯台守が守っていた海。今は、東京湾海上交通センター、通称「東京マーチス」が24時間休みなく、海の安全を見守っています。観音崎に連なる小さな集落は、海の守り神「走水神社」に抱かれ、海の恵みを受けながらの暮らしが続いています。海の道を見守り、たくましく生きる人々と出会う旅です。
瀬戸内海の「しまなみ海道」が架かる島のひとつ、愛媛県伯方島(はかたじま)。古くは製塩業で知られ、いまは造船・海運業で栄える島です。5月、島は「島四国」と呼ばれる江戸時代から続く行事で活気づきます。島に88か所あるお堂を四国霊場に見立てて、遍路を行います。お遍路して歩くのも、お接待するのも皆、島の人たち。孫との遍路を心待ちにする元船乗りや、お接待するのを楽しみにする92歳の女性など、小さな島の物語。
小さな旅では、地域で生き生きと働く女性たちを紹介して来ました。石川県の「輪島の朝市」を支えるのは漁師のおかみさんたち。夫や息子がとった魚を元気よく売りさばきます。沖縄県大宜味村に伝わる芭蕉布(ばしょうふ)作り。大切な「糸作り」を担うのは、おばあたち。細かく裂いた繊維をつなぐ地道な作業を続けます。静岡県西伊豆町堂ヶ島からは、60年以上テングサ漁を続ける海女さん。各地で輝く女性たちの姿を見つめます。
標高2924メートルの鷲羽岳を源に、日本海へと流れ出る、富山県の黒部川。国内屈指の急流として知られています。雪解け水で水かさが増す5月、川はサクラマス漁でにぎわいます。黒部川が切り開いた扇状地にある黒部市は、豊かな水を生かした米作りが盛んですが、先人たちは苦労を重ねて田んぼを作り出しました。清らかな湧き水を使って作られるお菓子「水だんご」。味の決め手は、やはり水。川と暮らす人々の思いを訪ねる旅です。
生のカツオの水揚げ日本一を誇る港町、宮城県気仙沼市。6月、初がつおの季節を迎え、町は大いににぎわいます。造船会社やかつお節の加工など、カツオに関わる裾野は広く、町の人は心待ちにしています。東日本大震災で壊滅的な被害を受けた気仙沼。かつて、カツオ漁師が集まっていた理容店は、港に近い同じ場所に再び店を構えました。それぞれの人たちが迎える5年目のカツオの季節。港町の人々の心に触れる旅です。
栃木県の那須高原は、本州一の生乳の産地。戦後に開拓されたこの地で、入植した人々は苦労を重ね、一大酪農地帯を築き上げました。近年は酪農の低迷、そして原発事故の影響など、大きな試練に見舞われています。そうしたなかでも、懸命に牛を育て、この土地ならではの牛乳作りに励む若い世代や、町の希望となる酪農家を目指す高校生たちなど、たくましく生きる那須の人たち。初夏の山麓に牛とともに暮らす人々を訪ねる旅です。
浜名湖と太平洋に面した静岡県浜松市舞阪。全国有数のシラス漁が盛んな所で、初夏の訪れを知らせます。太平洋沿岸の海で、二そうの船で連携して行うシラス漁は、あうんの呼吸が求められます。船を操るのは、親子船。鮮度が命のシラスは、漁場から加工場までは、短い時間で運ばれていきます。そこで活躍するのは、浜の女性たち。手間をかけながら作られる天日干しのシラスを作る職人。シラス漁に活気づく港町を訪ねる旅です。
富士山の麓に広がる富士吉田市は、江戸時代から400年続く“郡内織物”の産地。富士の湧き水で染められる色鮮やかな糸。その糸から作られるのは、高密度・高品質な織物。かつて、盛んに作られた絹織物の技術は、現在に受け継がれています。伝統の技術を守り、ネクタイを作る親子。織物の機械を専門に直す職人。さらに、新たなファッションを生み出す若い世代など、美しい自然と、織物に込めた一人一人の思いに出会う旅です。
小さな旅では、各地で、はつらつと輝く若者たちを紹介して来ました。長野県の諏訪湖で、ボートに青春をかけるのは、地元の高校生たち。山梨県の石和温泉では、地域を盛り上げようと懸命に頑張る芸者の姿があります。全国有数のレンコンの産地、茨城県稲敷市。ここでは、最近、若い世代のレンコン農家が増えています。これからの地域を背負っていくと若者たち。全国各地で、たくましく活躍する若者たちの姿と美しい風景を訪ねます。
色とりどりのサンゴが輝く町があります。徳島県の海陽町。海は透明度が高く、サンゴの種類も豊富で、その美しいサンゴを一目見ようと、多くの人が訪れます。サンゴに魅せられ移り住む人、地元のサンゴの魅力に気づかされ故郷に戻って来た人。サンゴを生む海は、豊かな海の恵みももたらし、若い世代は、伝統の素潜り漁を受け継いでいます。さらに、サンゴの海を守り伝えようとする子どもたちも。サンゴとともにある人々を訪ねます。
沖縄県久米島。琉球列島の中で最も美しい「球美(くみ)の島」と呼ばれてきました。島の周囲にはサンゴの海の熱帯魚から黒潮が育むマグロ類まで、さまざまな魚が暮らす海が広がります。島の人たちは素潜りや一本釣りなどの技術を代々受け継ぎながら、漁業で暮らしを立ててきました。海人を目指して修行を続ける若者や、生活の面倒も見ながら、惜しみなくアドバイスを送る先輩漁師など、海とともに生きる人たちに出会う旅。
“絶海の孤島”と呼ばれる島があります。九州と奄美諸島の間に浮かぶ悪石島(あくせきじま)。およそ60人が暮らすこの島、海が荒れると数週間も船が来ず、生活物資が届かないこともあります。厳しい自然と向き合うこの島には、ここにしかない“豊かさ”があります。わずかな恵みに感謝をしながら魚をとる漁師、幼いわが子のため懸命に働く牛飼い、そしてゆったりと流れる時間の中で成長する少女。幸せ行き交う小さな島を旅します。
そそり立つ岩峰が幾重にも連なる新潟県の八海山(はっかいさん)。標高1778mのこの山は、古くから「霊峰」として信仰の対象となってきました。いまも山伏の格好をした人々が、修行のための登山を行っています。8つの岩峰が続く山頂付近では、断崖絶壁にかけられた数々の鎖場を越えなくてはならず、その達成感から、修験者以外の登山客にも人気があります。「山から不思議な力をもらえる」と語る登山者たちにふれあう旅。
長野県南西部の中央アルプス。その最高峰、標高2956mの木曽駒ヶ岳です。ロープウェイを降りると岩峰に囲まれた「千畳敷カール」が広がります。ここには約170種類の高山植物が咲き乱れ、登山者の目を楽しませてくれます。ここを越え山頂を目指すのは、麓の町の中学2年生。伝統の学校登山です。ふるさとの山の魅力を伝える人たちはみな、学校登山の先輩です。100年以上登り継がれてきたという木曽駒ヶ岳を旅します。
茨城県の南東部、太平洋に面した鹿島臨海工業地帯。戦後、開発が始まり、高度経済成長とともに発展してきたこの地域は、いまも鉄鋼や石油産業を中心に約160社が集まり、日本の工業生産の中心を担います。ここで働くのは、熟練した技術者など、全国から集まった約2万7千人。家族の元を離れ、長期間滞在する人も少なくありません。工場と共に生きる人、それを支える地元の人。まごころあふれる工業地帯の片隅を旅します。
長野県上田市にある菅平高原は“ラグビー合宿の聖地”として知られます。夏の間、109あるグラウンドではきびしい練習が繰り広げられています。毎年ラグビー部員たちを迎え、エールを送り続けるホテルの主人。生傷絶えない選手たちを支え続ける菅平にある唯一の診療所の名物看護師。ラガーマンたちと長年の交流を続けてきた、地元の人たちが作るラグビーチーム。“聖地”に集うラガーマンたちを支える人たちに出会う旅。
群馬県北西部、標高2568mの浅間山のふもとに広がる嬬恋村は、日本一のキャベツ産地として知られます。高原一面に広がるキャベツ畑。朝夕のきびしい冷え込みにより、甘みの強いキャベツが育ちます。8~9月は、収穫の最盛期。日の出前から、農家は収穫に追われます。キャベツ生産に半生を掛けてきた農家、国道沿いに立ち並ぶの直売所の名物店主、村おこしのイベントを支える移住者など、キャベツの里で生きる人々を訪ねる旅。
名古屋市の下町・大須。大須観音から伸びるメインストリートを中心に、1200軒ほどの商店が立ち並びます。街のにぎわいを支えてきたのが芝居や寄席などの「芸」の文化です。古くから江戸や上方の芸人が集まる文化の交流地として発展してきました。9月、街の象徴でもあった演芸場の再開が決まり、地元に暮らす芸人や、演芸を愛する街の人たちはその日を心待ちにしています。“芸どころ”の息づかいが残る大須を旅します。
中国山地から流れ出る清流、島根県の高津川。この川の暮らしは、古くからアユ漁とともになりたってきました。最盛期の夏場、全国から釣り人が訪れ、地元の人は、ともにその恵みを分かち合ってきました。秋の訪れとともに、アユは産卵のため下流へと下ります。この「落ちアユ」をねらう伝統の漁法を継ぐ夫婦は今も漁を続け、落ちアユを使った保存食も作られています。“清流の恵み”アユとともに生きてきた人たちと出会う旅です。
北海道北部の剣淵町は、小麦や大豆などの畑が広がる農業の町です。町の中で目にするのは「絵本の里」という看板です。約30年ほど前、地元の若者たちが絵本を題材に町づくりを始め、今では“絵本の里”として知られるようになりました。町には、読み聞かせに聞き入る子どもたちや、飲み屋にお気に入りの絵本を持ち寄り、語り合う大人たちの姿があふれます。絵本さながらの美しい町で、大地とともに生きる人たちに出会う旅です。
東京都心から電車で30分、62万人が暮らす千葉県船橋市です。マンションや高速道路に囲まれてぽっかりと残った海に漁船が並びます。この港で働く漁師はおよそ150人。水揚げ日本一と言われるスズキをはじめ、東京湾でとれた江戸前の魚介類を扱っています。住宅街にある「納屋」で暮らしながら、夜の東京湾に出漁する巻き網漁船の若者。海の変化を受け入れて生きる貝漁師や卸業者。都会の漁港に集う人々の思いにふれる旅です。
山口県東部の柳井市大畠地区は、知る人ぞ知る“タイ釣りの町”です。激しい渦潮にもまれて育った見事なタイを目当てに、全国から太公望が集まります。彼らが頼りにするのが地元の海を知り尽くした腕利きの釣り船の船頭。さらに、町の女性たちが作る名物料理「タイずし」に舌鼓を打ちます。100人を超す釣り人が大物を狙う「タイ釣り大会」も開かれるなど、町が最も活気づく秋。タイの恵みとともに生きる瀬戸の町を訪ねます。
盛岡市を眼下に望む岩手山。標高は2038m。麓に暮らす人々からは「南部富士」と呼ばれ親しまれてきました。宮沢賢治や石川啄木も愛したという「おらが山」です。10月は紅葉のピーク。ブナやカエデが山肌を彩ります。頂上へ向かう山小屋には、麓の山好きたちが集います。小屋を守り続ける管理人や亡き夫へ思いをはせる人。山を愛する人たちの思いが交差します。麓の人たちの「心の山」としてあり続けた晩秋の岩手山を訪ます。
福井県と石川県にまたがる標高1629mの赤兎山(あかうさぎやま)。うさぎの背を連想させる丸みを帯びた山の形が、この名の由来とされています。紅葉の季節、山は赤く色づき、その名の通り「赤いうさぎ」のような姿を現します。紅葉の名所として知られるこの山は、ハイキング気分でやってくる家族連れや、水面に映る紅葉に魅せられた写真愛好家などでにぎわいます。「赤いうさぎ」に会いに来る人たちに出会う旅です。
横浜市中区の野毛地区は、ビジネス街のみなとみらい地区からほど近い繁華街です。ビルの谷間に600軒以上の居酒屋やバーなどの飲食店が軒を連ねています。戦後の闇市から発展したこの街。仕事帰りのサラリーマンがはしご酒をする姿は、いつも変わらぬこの街の風景です。常連客でにぎわう老舗居酒屋や、伝統の流し芸を守り継ぐ芸人、野毛の風情にひかれ新たに店を開いた若者など、人情が色濃く残る横町で暮らす人々を訪ねます。
青森と秋田の県境にある十和田湖。紅葉の絶景を求める大勢の観光客でにぎわいます。湖畔で観光客が舌鼓を打つのは、名産のヒメマスです。放流されたヒメマスは、秋になると、産卵のため、生まれ故郷の養殖場へ遡上してきます。紅葉とともにやってくるのは冬の足音。地元の人たちは野菜やヒメマス、きのこなど、秋の恵みを蓄え、冬に備えます。山奥の湖を切り開き、守り継いできた湖畔の人々の、晩秋の暮らしを訪ねる旅です。
心の支えとなった景色や大切にしてきた旅の記憶を視聴者のみなさんからのお便りでつづる「忘れられないわたしの旅」。第1回は、時を越えて輝く、それぞれの情景をたどる旅です。偶然、秋の京都を旅することになった女性と文通相手の男性、ふたりの旅のゴールは…。花を愛する母が最期に見たいと言った長野県飯山市のカタクリの花の思い出。難病の夫と大好きな富士山五合目を目指した妻。旅の思い出を美しい映像でたどります。
視聴者のみなさんからのお便りでつづる「忘れられないわたしの旅」。第2回は、戦後70年の今年、手紙につづられた、戦中、戦後の記憶をたどります。闇市へと食糧を運ぶ母親とともに、長野県須坂市と小布施町の間の橋で見た無数の蛍。旅先で父が突然語り出した、大津の少年飛行兵学校時代の記憶。長野県の木崎湖畔にある疎開先を30年ぶりに訪ね、母の愛情に思いをめぐらす女性。厳しい時代を生き抜いた人々の人生を見つめます。
新潟県東部、福島県との県境にある阿賀町。江戸時代は会津藩に属した山間の町です。町を東西に流れるのは、会津から日本海に流れ出る阿賀野川。交通や物流の要所として古くから栄えてきました。町には今も、“川港”としての文化が息づいています。遊覧船の船頭として川とともに生きる人、150年続くこうじ屋の後を継ぐ職人、会津街道沿いに残る歴史ある建物を守る人。川とともにある昔ながらの暮らしに出会う旅です。
およそ33万人が暮らす高知市。その真ん中を縫うように流れる鏡川は、市街地を流れる川でありながら水質は良く、透き通った水は町の景色を映し出します。その様子から、江戸時代に「鏡川」と名付けられました。川は市民に親しまれ、野鳥の観察や伝統の毛針を使ったアユ釣りなど、多くの人々が集まります。また、鏡川の水を使って農作物も育てられていて、その恩恵も受けています。市民に愛される鏡川をめぐる旅です。
外秩父山地に囲まれた埼玉県東秩父村。山間を流れる槻川の清流を利用して1300年前から作り続けられてきたのが、手すき和紙です。今も3軒の工房で和紙作りが行われています。伝統をつないできた熟練の職人とそのもとで技術を学ぶ若手。村の伝統を支えようと、和紙の原料・こうぞの栽培を復活させた農家たち。地元の女性たちは、和紙で花を作り伝統に彩りを添えています。村が大切に守りつなぐ手すき和紙にふれる旅です。
福島県北部にある川俣町は、古くから絹織物の産地として知られてきました。原発事故後も、周辺の自治体が避難する中、途絶えることなく、町にははたを織る音があふれます。町の南東部にある山木屋(やまきや)地区では、4月に避難指示解除が予定され、地元の人たちの手によって、名物の天然スケートリンクを復活させようという取り組みが進みます。ふるさとの暮らしを取り戻そうとする人々の思いに触れる旅です。
徳島県西部のつるぎ町では、山の急斜面にへばりつくように家々が点在しています。人々は斜度30度近い斜面に畑を切り開いて暮らしています。まるで空の中で生活しているかのような空間を、人々は古くから「ソラ」と呼びました。冬、山から吹き下ろす風「剣山おろし」が暮らしを彩ります。農家は大根の切り干しに大忙し。そうめん職人は麺を山からの風にさらして仕上げます。つるぎ町の冬の営みをみつめる旅です。
群馬県の西北端にある中之条町六合(くに)地区は、山林に囲まれる山里です。冬の間、気温は-10℃以下にまで冷え込み、氷と雪に閉ざされます。外に出ることがほとんどないという冬、住民たちは、「メンパ」と呼ばれる弁当箱や、温泉につけたスゲを織り込んだ「こんこん草履」などを作り、副業として暮らしてきました。山里に湧く温泉の恵みや野生動物の猟など、わずかな山の恵みを最大限に生かした冬の暮らしを見つめます。
北海道の西部・日本海に突き出た積丹半島。その先端に位置する積丹町の余別地区は、約150人が暮らす漁師町です。寒風と高波が続く冬、漁師たちは、漁に出られるわずかななぎの日を待ち続けています。定置網にかかるのは、ホッケにヒラメ、ミズダコ。北の海の幸があふれます。男たちを支えるのは、浜の女たち。小正月の伝統行事「川下さん」で日頃の労をねぎらいます。北の海でたくましく生きる人たちに出会う旅です。
長野県北部にある飯山市。日本海からの湿った季節風によって、多い時は4mもの積雪を記録する全国有数の豪雪地帯です。ここには、深い雪と向き合いながら、共に暮らしてきた人々がいます。地域のお年寄りのために毎朝、雪をかきわけ新聞を配達し続ける主婦。冬山の魅力を伝えようとする山岳ガイド。女性たちは、冬の手仕事であるわら細工作りにいそしみます。しんしんと降る雪の中、助け合いながらたくましく生きる人々に出会う旅。
栃木県宇都宮市の北西部にある大谷町は古くから「大谷石」の産地として知られます。街を歩くと出会うのは、大谷石の蔵や塀。さらに、教会や幼稚園、駅のホームまでが大谷石で作られています。大谷石の町を支えるのは、地下深くで、大谷石の採掘を続ける親子に、技巧を凝らした伝統の技を伝えようとする熟練の石工。そして、技術の習得に励む若き職人たちです。大谷石の新しい魅力を引き出そうといそしむ人たちに出会う旅です。
千葉県木更津市から対岸の川崎市まで15分でつなぐ、東京湾横断道路アクアライン。完成から18年、橋のたもとの木更津市に多くの変化をもたらしてきました。首都圏各地と結ぶ高速バスが発着することで、ベッドタウン化が進み、子どもたちが急増。一方、海風や潮の流れが遮られることで天然アサリの獲れる漁場が年々変化し、漁師は手探りで漁を続けています。都会に近く、自然も豊かな木更津で暮らす人たちに出会う旅。
茨城県桜川市では、毎年、3月3日までの1か月間、「真壁のひなまつり」が行われます。13年前から続くこの祭り。160軒の民家や商店では、自宅に伝わるひな人形を飾りつけ、道行く人を招き入れ、楽しんでもらいます。江戸時代の豪華なひなに、大正時代の繊細なつくりの人形。家々の蔵に保存されてきたものです。震災を乗り越え、家を守る女性、ひなまつりごとに成長を記録してきた父娘。おひなさまが息づく町を訪ねる旅です。
富士山の麓に広がる山梨県山中湖村は、年間80万人が訪れる観光の村です。オフシーズンの2月、真冬の湖畔に、多くの写真愛好家が集まります。目的は「ダイヤモンド富士」。太陽が頂に沈む富士山の撮影です。亡き妻への思いを胸に通い続ける人、自ら写真の技術を覚え、カメラマンを出迎える民宿の女将、村を盛り上げてくれる写真家たちへ恩返しのイベントを企画する地元の人々。ダイヤモンド富士にわく湖畔の村を訪ねる旅です。
大分県別府市は源泉数や湧出量が“日本一”という湯の町、年間800万人が訪れます。観光客中心の温泉が多い中、地元住民にとって欠かせないのが130か所以上ある共同浴場。温泉を管理し、番台に立つのも住民という地域に根ざした温泉です。別府を代表する温泉の一つ、鉄輪温泉には「貸間」と呼ばれる素泊まりの温泉宿が立ち並びます。温泉の蒸気を活用した暖房や料理が客を迎えます。温泉の恵み豊かな街を訪ねる旅です。
東京都北区十条。十条駅・東十条駅周辺の商店街には700を超える店が立ち並びます。1個10円のお総菜に、1枚300円未満の衣料品など「十条価格」と呼ばれる安さで、地元の人たちの人気を集めています。さらにCDショップでは演歌歌手の店頭キャンペーンが連日行われ、60年以上の歴史を誇る大衆演劇の劇場には、常連客が数多く訪れ、街ににぎわいをもたらします。昭和の香り漂う商店街を訪ねる旅です。
埼玉県幸手市の権現堂堤。1キロほど続く桜並木には、1000本の桜が植えられ、多くの花見客でにぎわいます。最初に桜が植えられたのは大正時代。桜の名所として親しまれましたが、戦中から戦後にかけて燃料として伐採、姿を消しました。しかし、その後地元の人たちの手で再び桜が植えられ、よみがえったのです。長年桜の木を守り育てる地元の人たちに、福島から来た桜を楽しむ埼玉在住の避難者。桜に思いを寄せる人に出会う旅。
東京のベッドタウン・調布市。緑豊かなこの街には27の湧き水があり、今もその恵みを受けています。東京で二番目に古い名刹・深大寺は「水の寺」とも呼ばれ、境内には4か所の湧き水があり、この水を使った仏事も行われます。調布には東京では珍しい農業高校の農場があり、湧き水を生かしたワサビの栽培やニジマスの養殖が行われ、豊かな自然を生かした部活動も行われています。湧き水の恵みとともに暮らす人たちに出会う旅です。
再開発が進み、高層マンションが立ち並ぶ東京・月島界わい。今ではもんじゃ焼きの街として全国的に知られていますが、裏通りに入ると、昔ながらのたたずまいの街並みを見ることができます。伝統の技を受け継ぐ鍛冶職人は、こだわりの道具作りに精を出し、長屋が連なる路地では、古くからの住人と新たに移り住んだ若者たちとの、気の置けないつきあいが続きます。変わりゆく街に、変わらぬ人のぬくもりを訪ねる旅です。
岐阜県北部にある高山市。「飛騨の小京都」とも呼ばれ、美しい町並みで知られています。豊かな森に囲まれ、良質の木材を産出してきた高山は、伝統の技を受け継いだ木工業が盛ん。特に家具作りでは国内有数の産地で、家具職人を志す若者たちが全国から集まります。「一位一刀彫」と呼ばれる伝統的な彫刻も行われ、4月に行われる高山祭には彫刻を施した山車が出て、大いに盛り上げます。木の恵みとともに生きる人たちに出会う旅。
それぞれの街にその街ならではの店があります。大手町のビジネス街には50年近く続く喫茶店。今も昔もビジネスマンたちの心のオアシスになっています。茨城県の鹿島臨海工業地帯からは、工場労働者などが通い詰める食料品店。一番人気は大きなおにぎり。店の前のベンチでおにぎりを頬張る人の姿が。横浜市野毛の飲み屋街には、終戦直後から続く居酒屋さん。3代にわたって通う人もいるほどです。街と人が織りなす物語をつづります。
屋久島の北西にある鹿児島県の口永良部島。去年5月、島の中心部にある新岳が噴火、島民は7か月間避難生活を余儀なくされました。再び島に戻った島の住民はいま、残してきた牛で子牛の生産を再開、恵み分かち合う島ならではの暮らしやつながりもよみがえろうとしています。噴火で傷ついた子どもたちの心に、自然豊かでにぎわいある島本来の姿を取り戻したいと、復興に向けて動き始めた大人たち。火山の島の今を見つめます。
マリンスポーツが盛んな神奈川県藤沢市。観光地として名高い江の島には、前回、そして次回の東京オリンピックの会場になるヨットハーバーが。若きヨットマンたちは期待に胸膨らませながら、腕を磨きます。ヨットハーバーの中にある造船所では、ベテラン工場長が前回のオリンピックでも使われた船の復元を手がけます。観光地引き網をしながら、仕事の後、サーフィンを楽しむ人も。湘南の海とともに生きる人たちに出会う旅です。
栃木県東部にある那珂川町小砂(こいさご)地区。小さな棚田が点在するのどかな里山です。小砂は江戸時代から続く焼物「小砂焼」の産地としても知られ、最も歴史のある窯元では、今年から父のもとで働くようになった息子が、伝統の技を学ぼうといそしんでいます。里山の魅力を知ってもらおうと、農家民泊も広く行われており、都会の若者との交流も続いています。自然豊かな里山に生きる人たちに出会う旅です。
大小140の島々が連なる長崎県の五島列島。江戸時代、禁教令が出る中で、キリスト教の信者が移り住み、苦難を乗り越えて信仰を守り続けた「祈りの島」です。五島列島には今もおよそ50の教会があり、人々の手によって大切に守られています。二番目の規模を誇る中通島には、キリスト教徒による漁船団「十字船団」があり、船室に飾られたマリア像に見守られながら、1か月に及ぶ漁に出ています。信仰が息づく島を訪ねる旅です。
山梨県の西部、南アルプス市には、3000m級の山々を背に、国内最大級の扇状地が広がります。ここでは、古くからさくらんぼなどの果樹栽培が盛んに行われてきました。しかし実は、川の氾濫で運ばれてきた砂や石が分厚く堆積し、水はけが良く、1日に何度も水をくみに行かなければならない程に乾いています。工夫しながら果樹栽培を行う人、石をつみあげて作った棚田で稲作をする人など、石の大地とともに生きる人々と出会う旅。
北海道日高地方の様似町にあるアポイ岳。標高810mにもかかわらず、特殊な自然環境のために高山植物が約80種自生する。中には固有の種も多く、花々を求めて、多くの登山者が訪れる。この“花の山”に、町の人々は幼い頃から親しんできた。美しく、かれんな花や自然の楽しみ方を地元の人たちに教えてもらいながらの登山。貴重な高山植物を次世代に引き継ぐ活動なども紹介する。人々の「心の山」を味わう旅。
兵庫県西部、たつの市室津漁港。瀬戸内海の小さな漁師町です。夏の味はアナゴ。この時期、軒先で炭焼きされるアナゴは待ち焦がれた故郷の味です。香ばしい匂いに誘われ子どもが駆け寄り、ご近所さんの輪ができます。また室津の新米漁師はアナゴ漁を通じて海を知り、技を磨きます。アナゴの炭焼きに刻まれた家族の思い出、父の背中を追い漁に出る若者。人々とアナゴの深い結びつきを見つめました。
入り組んだリアス式海岸に美しいサンゴの海が広がる愛媛県愛南町(あいなんちょう)。900種ほどの生き物が生息する豊かな海がある一方、山がちの大地に、海からの強い風が吹きつける厳しい土地でもあります。そのために、先人の暮らしの知恵が今も息づいています。防風のために家の周囲に石を積み上げた石垣の里。エサもなしに鉄かごだけで魚を捕る伝統漁法。厳しくも豊かな自然とともに、たくましく生きる人たちを訪ねます。
群馬、栃木、新潟、福島の4県にまたがる尾瀬。尾瀬ヶ原は、本州最大の高層湿原として知られ、珍しい草花の宝庫として年間30万人のハイカーが訪れます。初夏、尾瀬沼のほとりは、ニッコウキスゲが満開に。定年後の第二の人生で、尾瀬に通う老夫婦、雄大な景色と繊細な花や虫の世界にひきつけられた山小屋の常連ガイド、自然保護に取り組む20代の女性。ハイカーたちの心に受け継がれてきた初夏の尾瀬、至仏山を旅します。
島根県・隠岐諸島の西ノ島は、島にUターンで帰ってくる人が数多くいます。巨大なアワビをとる素潜り漁の男性。夫婦で協力し、アワビの貝殻でアクセサリーを作り、名物にしたいとはりきっています。島の人たちとのきずなや、子供たちとのひと夏を見つめました。また、漁で使う「集魚灯」を使ったナイトダイビングを始めた漁師さんにも出会いました。精霊を送る伝統行事の盛大な風景とともに、島の人たちの思いを描きます。
日本海に浮かぶ新潟県粟島は約360人が暮らす漁業と観光の島です。島の至る所で目にするのは、小さな鳥居やほこら。荒海に囲まれた厳しい環境の中、漁の神様や風の神様など、さまざまな神仏が信仰されてきました。庭にまつる守り神様に祈り続ける女性。母乳の神様を通じて、出産や育児への不安をなくす母親。かつてあがめられていた馬と触れ合うことで、不登校から立ち直った少年。祈りに支えられてきた島を訪ねます。
愛媛県の南西部を103キロに渡って流れる肱川(ひじかわ)。肘を曲げたように蛇行している姿からその名が付いたとも言われています。中流の大洲市では、古くから川に人が集い、川の恵みを受けて暮らしが営まれてきました。江戸時代から続く、河原で芋煮鍋を囲む「いもたき」。ふるさとに活気を取り戻したいと、伝統の鵜飼いの世界に飛び込んだ若い鵜匠。晩夏から初秋にかけて、川に集い川とともに生きる人々に出会う旅です。
岩手県久慈市の山あいにある山形町は、古くから牛の飼育や生産が盛んな地域です。東北で唯一、闘牛が育てられ、角を激しく突き合わせる闘牛大会が毎年夏に開かれています。“横綱”の牛を大切に育ててきた家族や、牛をあやつり、大会を盛り上げる男たちなど、地域の人々の輪が生まれます。しかし、なぜか、この地区の「闘牛」は引き分けで終わらせるのがルール。牛と寄り添う文化を大切にする人々を訪ねます。
茨城県常総市を南北に貫く鬼怒川。去年9月の「関東・東北豪雨」では、堤防が決壊、市内に大きな被害をもたらしました。古くから何度も氾濫を繰り返してきた鬼怒川は、ウグイやオイカワにあゆ、それにエビなど生き物の宝庫でもあります。そして、その水は田んぼを潤し、おいしい米も育みます。鬼怒川の恵みに感謝し、水害を乗り越えて、川とともに生きようとする人々の姿を見つめます。
福島県三島町。縄文時代の遺跡が発掘され、植物を編んだカゴなどが出土しています。今も人々は山に自生する植物を巧みに生かしてカゴなどの工芸品を作っています。その工芸品は「奥会津編み組細工」と呼ばれ、人気を集めています。一方、山は「木こり」不足などにより荒廃が進んでいます。山の恵みに感謝しつつカゴを作る職人、木こりを増やして豊かな山を取り戻そうとする人など、山と生きる人々の思いを訪ねます。
九十九里浜の南に位置する千葉県一宮町。太平洋の荒波が押し寄せ、日本でも有数のサーフスポットとして知られています。町の子供たちは毎日海に入りサーフィンの腕を磨いたり、大会のたびに競い合ったりしています。サーフィンをきっかけに町に移住し、地元の農業の担い手としての新たな人生を見つける若者も。10月には20回続く“町の運動会”という大会が地元レストラン主催で開かれます。波とともに暮らす人々を訪ねます。
広島県東広島市の西条は、灘や伏見と並ぶ国内有数の酒どころです。10月、新酒の仕込みが始まった街には、活気があふれます。毎年この時期に開かれる「酒まつり」は、20万を超える人が訪れる秋の風物詩です。自慢の酒でもてなす酒蔵の杜氏に、酒粕を餌に養豚に挑む女性。地元の小学生たちは、30年以上続く、酒造りの喜びを表現するオペラを演じて祭りを盛り上げます。酒造りに誇りを抱く人々と出会う旅です。
宮城県女川町は水産業のさかんな港町。震災後の復興をめざし、若者を中心とした町づくりが進んでいます。実は女川は、600種類以上の山野草が自生する、植物の宝庫。ふるさとの風景や大切なものを失った人々が、身近にある自然に心を癒やされています。震災前と変わらずに山の草花に出会う人、花を育てることで励まされ、生きてきた夫婦など、自然に勇気づけられながら、復興に向かう人たちと出会います。
群馬県の赤城山周辺では湧き水が至るところにあり、今も昔も人々に恩恵をもたらしています。玄関先に湧き水がある家では、天然の水と共に日常生活を送っています。老舗の酒蔵では、赤城の水と米、技にこだわり酒を造ります。田畑に実りをもたらす湧き水の利用にはある工夫も。次世代のために、水を育む100年単位の森作りの活動も行われます。その成果を農業で体感する親子連れも。上州に「水の恵み」のある暮らしを訪ねます。
奈良県南部・標高1719メートルの大峰山・山上ヶ岳は、1300年前の開山以来、修験道の聖地として知られ、今も女人禁制を守っています。初夏から秋までの期間、全国から“講”と言われる行者たちが修行のために山に登ります。年に一度、登山を通し、仲間との絆を再確認する講のメンバー、そして古くから続けられてきた大人になるための通過儀礼に挑む地元の子供たち。山閉めを前に、参拝を続けてきた人々の営みを見つめます。
北アルプスの玄関口・上高地から歩くこと15キロ。3000メートルを超える穂高の峰々に包み込まれるように涸沢カールが広がります。秋の深まりとともに、紅葉に染め上げられる谷。360度の大パノラマを目当てに、1万人の登山者が訪れます。けがで登山をあきらめ、20年ぶりに、孫に背中を押されて涸沢にやってきた男性、登山者のために展望テラスを守る小屋の主人など、錦秋の北アルプスに魅せられた人たちに出会う旅です。
四国・徳島市の南西部にある八多町は11月になると町全体が黄色いミカンで彩られます。ミカンの里の農家たちが大切にしてきたのが人形浄瑠璃を上演するための屋外舞台「犬飼農村舞台」。明治6年から五穀豊じょうを祈るために、舞台のにぎわいを奉納してきました。舞台を飾る襖絵は132枚。風景を次々と変える「襖からくり」の技法は、地元の若い世代へ脈々と受け継がれています。ミカンの里で守り継がれる伝統の舞台を訪ねます。
およそ19万人が暮らす山梨県甲府市。街の中心から歩いて10分ほどのところに大きな市民公園があります。紅葉の木々が生い茂る森、野鳥が訪れる池、小中学生が30円で入れる動物園など。明治時代から続く市民の憩いの場として親しまれています。父のあとを継ぎ、子どもたちに夢を与え続ける紙芝居師。子どものころにあこがれた獣医師になり、公園に戻ってきた女性など、公園とともに人生を歩む人たちに出会う旅です。
愛知県西部、稲沢市祖父江町。晩秋、1万本のいちょうが色づき、まちは黄色に染まります。冬の北風を防ぐ防風林として古くから植えられてきたいちょうの木々。その恵み、ぎんなんの出荷量は全国でも有数です。「おいしいぎんなんを届けたい」と粒が大きく、味が濃いものを選んで出荷するのは90歳を迎えるベテラン農家。父から受け継いだ木を大切に守り、絆を深める夫婦。いちょうと共に生きる人々に出会う旅です。
埼玉県南西部、日高市の高麗(こま)の里。高麗とは、古代、朝鮮半島から渡来した人たちが開いた「高麗郡」に由来するといわれます。里にある「高麗神社」は、その歴史を、守り伝えてきました。里が紅葉に包まれる秋、暮らしの風景を残したいと水彩画にいそしむ男性、氏子たちが伝えてきた伝統の獅子舞に挑むアメリカ人を父に持つ中学生など、悠久の時間の中に、ロマンを求める人々と出会う旅です。
縁結びで名高い出雲大社がある島根県出雲市。旧暦10月は全国各地の八百万の神々が出雲に集う「神在月」として知られ、良縁を求める参拝客でにぎわいを見せます。地元では、神と共に生き、ご縁を大切にする暮らしが営まれてきました。ご縁の力に感謝し生きるUターンの女性。しめ縄を5代に渡って作り続ける家族。神に捧げる神楽の習得に励む地元の高校生。目に見えないものに寄り添う出雲の人々を訪ねる旅です。
津軽海峡に面する青森県・風間浦村は、一年を通して豊富な海の幸に恵まれます。冬の風物詩は、集落の漁師総出で行われるアワビ漁や、生きたまま水揚げされるあんこう漁。漁師たちはわずかなナギの日を見つけて、冬の海へと繰り出します。あんこうの刺し網を集落に広めた漁師と、父の後を継いだ若手漁師。義母から継いだあんこう料理の味を守る旅館の女将。津軽海峡の幸とともに暮らしてきた漁村の冬の営みを訪ねる旅です。
静岡県富士市は、富士山の湧水に恵まれた全国有数の「紙のまち」。町には、豊かな水を使った製紙工場が立ち並びます。夕暮れとともに、町はその姿を一変、富士を背景に、工場群の夜景が浮かび上がります。工場の光に少年時代の思い出を重ねる男性、その灯りのもと夜通し働く男性。さらに、工場の夜景を見つめながら半世紀にわたり名産のしらす漁を続けてきた漁師。工場夜景に思いを寄せる人々に出会う旅です。
神奈川県の南部、太平洋に突き出た三浦半島。三方を海に囲まれた温暖なこの地には、海からはマグロ、畑からは大根と、食のめぐみがあふれています。全国有数のマグロの水揚げを誇る港で、日々マグロを見極める仲買人。漁師の大漁や町の繁栄を願う大漁旗を作り続ける染め物職人。地元のマグロから肥料をつくって、伝統の三浦大根の栽培に励む農家の家族。海と半島の大地がもたらす恵みとともに暮らす人々を訪ねる旅です。
栃木県茂木町と茨城県筑西市をつなぐ、第三セクター「真岡鉄道」。沿線の学校に通う高校生をはじめ、地元住民の足として利用されています。鉄道で通う高校生たちにとって、車内は心を通わせ合う大切な場所です。終着駅に待つのは、運転士をいつも気づかう、母親のような駅員。鉄道人生60年、今も現役の老機関士の思いは、若手社員たちにも受け継がれています。人々のこころとこころをつなぐ、ふるさとの鉄道を訪ねます。
群馬県のみなかみ町・藤原地区は、関東有数の豪雪地として知られます。冬の間、深い雪に閉ざされるこの集落では、独特な食や文化が発展してきました。黒豆とこうじを雪原にさらして作る「しょうゆ豆」は、冬の貴重な栄養源として、今も集落の人々の間で食べ継がれています。吹雪の日の楽しみは「通信句会」。身の回りの暮らしを俳句に詠み、冊子にして、お互いの暮らしぶりをしのび、楽しんでいます。深雪の里の人々と出会う旅です。
山形との県境・朝日連峰の山懐にある、新潟県村上市山熊田集落は、毎年2メートルを超える積雪を記録する豪雪地帯です。雪に閉ざされる冬、人々は厳しい自然と一途(いちず)に向き合いながら暮らしてきました。山の恵みを生かして作るとち餅にふるさとの思いをのせる人。女性の辛抱強さが紡ぐ伝統の「しな布」。山の恩恵を授かる猟師と、そのたくましさに憧れて移住してきた人。山とともに、たくましく生きる人々を訪ねます。
茨城県南部の守谷市。東京のベッドタウン化が進むこの町ですが、河川敷には100ヘクタールを超す広大な牧草地が広がっています。第二次大戦が終わると、満蒙開拓から引き揚げてきた人々が、新たなふるさとを求めて、入植した「開墾の地」です。入植者1世が切り開いた大切な牧草地を受け継ぎ、乳牛を飼育し続ける親子。開拓当初から支え合い、今も仲良く暮らす80代の女性たち。苦難の時代を支えあってきた人たちに出会います。
古くから山岳信仰の聖地として親しまれて来た霊峰白山。その麓の石川県白山市では、雪深い山里から日本海沿岸の漁港まで、白山から流れ出る水が地域独特の文化を育んでいます。水質の良さを生かした昔ながらのこうじ造りや、そのこうじを使った家庭での味噌(みそ)造り、北前船の寄港地だった漁港でのフグの卵巣の糠漬けなど、冬期に最盛期を迎える発酵食品の伝統文化と、今も山への感謝を忘れない人々の暮らしを訪ねました。
東京に隣接する千葉県松戸市。かつて水戸街道の宿場町として栄えていました。近年はベッドタウンとして開発が進み、その姿は失われつつありますが、にぎやかな往来は今もかわりません。最近、この街に移り住んでくるのは、若いアーティストやクリエイターたち。若者に古民家を貸し、応援する住民や、外から来る人々の様々な相談にのる不思議な観光案内所など、変わりゆく町の中で行き交う人々を受け入れてきた宿場町を見つめます。
北アルプス・白馬連峰の麓、長野県白馬村は5つのスキー場を抱えるゲレンデの村です。98年の長野五輪をきっかけに世界中からスキー客が訪れるようになり、村はいま、外国人であふれかえります。近年は、白馬の自然に魅了され、移住する人たちも増えてきました。村を訪れる外国人を心を込めてもてなす民宿の女将、「国際観光科」で英語を学ぶ地元・白馬高校の生徒たち。五輪から20年、外国人とともにある白馬村を訪ねる旅です。
北海道新幹線が開業して1年。終着駅の新函館北斗駅がある北海道・北斗市は、函館湾に面した漁業の盛んな町です。冬から春先にかけて行われる特産のホッキ貝漁。爪のついた長さ5mの棒を使い、海底の砂の中に潜む貝をひとつひとつ器用に見つけ出します。病気の妻を思い、目の前の海でホッキ漁を続ける浜の名人漁師。定年退職後、第二の人生を故郷の海で過ごす60代の新米漁師。北の海で支え合いながら生きる人々に出会います。
「兄ちゃん、寄ってき~!」夜のけん騒のなかに、にぎやかな会話が聞こえる飲み屋街、大阪・京橋駅界わい。居酒屋で演奏する若いミュージシャン、お客のためにと威勢よく働く人気屋台の店主、老舗囲碁クラブの若店長。皆この街に人生を支えられて生きている。“なれなれしくて、人懐っこい”“おせっかいで、おしゃべり好き”大阪らしさがギュッと凝縮されたこの街の下町人情を“濃く”味わう旅に出ます。
今回の旅人は演出家の宮本亜門さん。東京・銀座は亜門さんにとって生まれ育った場所でもあり、演出家としてのデビューを飾った特別な町です。特に亜門さんに大きな影響を与えたのが、銀座で喫茶店を切り盛りしていた、今は亡き母親の須美子さん。銀座で母親の思い出を振り返りながら、1つの味に52年こだわり続ける料理店や、小さな心遣いを欠かさない理容店を訪ねました。凛とした姿勢で生きる女性たちと母の姿を重ねます。
「ルビーの指環」「赤いスイートピー」など数々のヒット曲で知られる作詞家の松本隆さんが、青春時代をすごした東京・新宿を旅します。アングラ演劇、ヒッピー、フォークゲリラなど、1960年代当時、新宿は新しい若者文化を象徴する街でした。松本さんの音楽活動の原点となった花園神社界隈(わい)や、歌詞に影響を与えた路面電車の線路跡、ビルの谷間に残る商店街などを巡りながら、青春の街・新宿の今昔を見つめます。
大分県の北東部・国東市は、瀬戸内式気候で、雨に恵まれず、水不足に苦しんできました。土地の人々は、古くから、各地に「ため池」を作り、わずかな水を大切に分け合い、米を作り暮らしを立ててきました。いまも集落の周りの山々には300近くのため池があります。田植え前、集落総出で行われるのが、ため池の水を管理する「池守」を決める集会です。厳しい自然の中でも、ため池とともに誇りをもって生きる人々の暮らしを訪ねます。
ソメイヨシノにヨウコウザクラ。愛知県東部の新城市には、市内の公園を中心におよそ三万本を超える桜が植えられています。江戸時代、当時の藩主が植えたことをきっかけに市内全域に広まったといわれます。多くの桜が寿命を迎える中、一人の男性の活動をきっかけに、再び、桜を植え、保護しようという動きが始まりました。桜守の男性に桜に救われる女性。桜を愛する街のひとびとを訪ねます。
栃木県の南部にある「渡良瀬遊水地」。群馬、茨城、埼玉にもまたがるこの場所は明治時代、足尾銅山の鉱毒事件をきっかけに作られました。土地の人たちは、広大な湿原のほとりに住み暮らしを立ててきました。遊水地で生きる知恵のつまった伝統の「よしず」作りに、水害の絶えない土地での備えや工夫。いまも続く川魚の漁には、厳しい時代を乗り越えて生きてきた人々の精神があふれます。遊水地と共に歩んできた人々と出会います。
静岡県の清水港は、富士山を背景にした美しい港として、知られます。1899年に開かれて以来、今も一年で8000隻以上が寄港する国際貿易港です。海外の大型コンテナ船を誘導する、ベテランの水先人の熟練の技と誇り。港に停泊する船に向けて、日用品や食料を販売し続ける家族と、外国人の船員たちとの心のふれあい。働く人たちの胃袋を満たす食堂。港を支える人たちと出会う旅です。
横浜市南区の下町にある横浜橋通商店街は、長さ350メートルに約130店が軒を連ねます。おいしい食と店の人とのふれあいを楽しみにやってくる人たちでにぎわいます。横浜の戦後復興や高度経済成長を支えてきた「市民の台所」は、時代とともに姿を変え、今では、多くの外国人の姿を目にするようになりました。商店街に店をかまえる一家や、お裾分けするご近所さん。様々な国にルーツを持つ人たちと共に生きる商店街を旅します。
鹿児島県鹿屋市は大隅半島の中心。建設会社や地方銀行の支店が集まり、国立の体育専門大学や海上自衛隊の基地もあります。初夏、町を歩くと気づくのは、あちこちに植えられたバラ。美しい花でにぎわいをもたらそうとバラ園設立の立て役者になった男性、学生たちを温かく見守るおでん屋のおかみさん、戦前、特攻作戦に向かった若い兵士たちが、戦闘機の中で食べたお菓子を再現した和菓子屋の女性店主、それぞれの思いと出会います。
瀬戸内海に浮かぶ香川県の豊島。一度は産廃の不法投棄事件に傷つけられた島ですが、今では島の自然に溶け込んだアート作品が多くの観光客をひきつけています。見どころは瀬戸内海の大パノラマと棚田が織り成す絶景。豊島には豊富な湧き水があり、人々はそれを大切に利用しながら稲作を続けてきました。さらに昔ながらの石窯でパンを焼き、自給自足の技術を学ぶ農民福音学校も。自然の恵みを得ながら暮らす豊島の人々を訪ねます。
福島県の西端にある只見町は、面積のほとんどが森林。その多くを占めるのがブナをはじめとする広葉樹の森です。山が作りだす雄大な自然を一目見ようと、春の町には多くの観光客が訪れます。土地の人々は古くから山菜を採ったり、雪解け水を、田んぼの水や生活用水として使ったりと、森がもたらす恵みを受け、共に生活してきました。人々にとって誇りとも言える森。長い間守り抜き、共に生きようとする、人々の暮らしを訪ねます。
徳島県鳴門市周辺の海は、さまざまな顔を見せる。大渦で知られる「鳴門海峡」。内陸に入り組むように伸びる「小鳴門海峡」。その奧に静かに広がる「ウチノ海」。さらに、海岸線には、海峡が生み出した白い砂地が連なります。観光客を楽しませる観潮船の船長や、真珠の養殖イカダから生まれたイカダ釣り。砂地では、白くて歯ごたえのよいらっきょうが育てられます。海の特徴に合わせ、営まれ、大切にされてきた暮らしを訪ねます。
群馬県中部の榛名山。火山灰土に覆われた山麓は、水はけがよく、梅の栽培が盛んに行われています。この時期、土地の農家たちは、収穫に追われます。山頂に広がる榛名湖畔に、初夏の訪れを告げるのは、ヤマツツジの群落。若葉の緑と、咲き乱れるツツジのオレンジ色の競演です。中腹の榛名神社の神楽殿では、年に一度、里と山をつなぐ音楽会が開催されます。山への畏敬の念や、山の恵みへの感謝を持ち生きる人々と出会う旅です。
新潟市の中心街・古町の地下に41年前から続く地下街「西堀ローサ」があります。330mの通路に33店舗が軒を連ねるこの場所は、駅や地下鉄に通じていない全国でも珍しい地下街です。一風変わったドレス店に、時代を感じる中古レコード店、封筒の宛名書きや短歌の代筆など手がける代筆専門店など、さまざまな店に思い思いの楽しみがあふれます。ぬくもりあふれる地下街に居場所を見つけた人々と出会います。
広大な広葉樹の森が広がる世界自然遺産「白神山地」、その山懐に抱かれた青森県西目屋村。遅めの田植えが終わる6月、村には、薪(まき)割りの音が響きます。厳しい冬の間に使う薪を、夏の間に蓄えるのです。村は、山の恵みを受けて暮らしてきたマタギの里。人々は春から夏にかけては、山菜にキノコ、イワナを採り、冬は熊やウサギなど、狩猟を行い、暮らしてきました。山を敬い、山とともに穏やかに生きる人たちと出会う旅です。
宮城と山形の県境に連なる蔵王連峰。標高1500~1800mのなだらかな稜線が広がります。麓から山頂にむけ進む雪どけ。ひと息遅れて、新緑の芽吹きが進みます。青葉もゆる森に、長い冬を越えた命の喜びがあふれます。山頂にあるのは、蔵王のシンボル「御釜」。日に日に強くなる太陽の光をうけ、火口湖はエメラルドグリーンの輝きを放ちます。彩り豊かな山の表情に魅せられた人々と命躍る6月の蔵王を旅します。
秋田と山形の県境にそびえる鳥海山。その麓の秋田県にかほ市は豊かな湧き水の街として知られます。田植えの時期、水の張られた水田に姿を現すのは、九十九島。松の生えた島々が水鏡の中に浮かぶ絶景です。田植えがすむ頃、始まるのが沿岸部の岩ガキ漁。海底から伏流水が湧き出るこの海は、透明度が高いのが特徴です。冷たい海でじっくりと成長し甘いカキに育ちます。鳥海山の湧き水とともに暮らす人々と出会う旅です。
房総半島の最南端、千葉県南房総市。隆起した広大な磯と、黒潮と親潮のぶつかり合う豊かな海に囲まれ、古くから海女漁や沿岸漁業が盛んに行われてきました。全国的にも珍しい「料理の神様」が祀られる神社では、料理人たちの“命ある食材”への感謝の祈りが捧げられてきました。夏、小さな港町に、巨大なクジラが水揚げされます。豊富な海の幸に恵まれ、伝統の食文化を受け継いで生きる人々の暮らしを訪ねます。
滋賀県と岐阜県の境にそびえ、琵琶湖を見おろす伊吹山。標高1300メートルほどの山ですが、さまざまな花が咲き誇る「花の山」でもあります。一度は荒れた花畑をよみがえらせ、手入れを続ける人々。患者さんを花で元気づけるために、足繁く通うお医者さん。夏の夜、山頂に現れるホタルの神秘の光を追い求める人。伊吹山が育んできた命は多くの人を魅了しています。山が最も華やぐ季節、その輝きに触れる旅に出ます。
埼玉県熊谷市の市街地の中央を一直線に流れる星川。太平洋戦争最後の空襲といわれる熊谷空襲で大きな被害を受けた後、改修され、復興のシンボルとなりました。いつも、ともにあった川を愛し庭のように手入れする男性、祖父が焼け野原から興した川沿いの花屋を継ぐことを決めた若者、戦災を乗り越え守られた伝統・熊谷染の技を伝える職人。空襲で傷ついても、力強く立ち上がった星川に思いを寄せて生きる人々を訪ねます。
サンゴ礁が隆起してできた世界的にも珍しい島、鹿児島県喜界島。海中には、今も豊かなサンゴ礁が広がり、透き通る青い海は魚たちの楽園です。サンゴのミネラルを豊富に含んだ土壌での農業や、サンゴの化石を利用した石垣、島民の生活はサンゴと共に育まれてきました。サマーキャンプでサンゴが大好きになった島の少年、故郷の海を求めて60歳で島に帰ってきた人、サンゴの恵みと共に暮らす人々に出会う旅です。
兵庫県北部にある城崎温泉。1000年以上の歴史をもつ7つの立ち寄り湯が人気で、多くの観光客が訪れます。町の人々は「共存共栄」を合言葉に、仕事の合間に手作りの夜店や灯籠流しなどのイベントを行い、観光客をもてなします。城崎の夏は1年で最も「夜」がきらびやかになる季節。老舗の旅館を受け継ぐ若旦那、父の食堂の手伝いを始めた女の子。支えあって温泉街を盛り立てる人々の夏のひとときを訪ねる旅です。
茨城県南東部に広がる霞ヶ浦は日本で2番目に大きな湖。平野にあって周囲にさえぎるものがないため、季節や時間、場所によってさまざまな風が吹きぬけます。湖畔の人々は、風と深い関わりを持って暮らしています。風を読んでシラウオの漁場を見極める若手漁師、風の表情を感じるようになったヨット部の女子高生。風を利用した「帆引き網漁」の伝統を伝えるベテラン漁師と若い兄弟。さわやかな風とともに生きる人たちを訪ねます。
東北の拠点、宮城県仙台市。ビル街の一角に「仙台朝市」と呼ばれる商店街があります。戦後の食糧難の時代に始まり、店主たちは人とのふれ合いを大切にしながら商売を続けてきました。お客と会話しながら、希望に沿って商品を用意する文化が今も残ります。この朝市の最大の特徴は、保育園があること。朝市を散歩する子どもたちを、店の人たちは宝物のように受け入れ育んでいます。温かな助け合いが息づく朝市の暮らしを見つめます。
山梨県の南東、西桂町・富士河口湖町・都留市にまたがる三ッ峠山。絶景の富士山を望む景勝の地として有名で、東京から日帰り客を中心に多くの登山者でにぎわいます。この山は古くから信仰の山として修験者が行き交ってきました。登山道には、いまも多くの史跡が残り、地元の人たちが詣でを欠かしません。いま、山頂近くの屏風岩に集うのは、絶壁を登るクライマーたち。空気の澄みわたる秋、絶景の『赤富士』求め、頂をめざします。
広島県・大崎下島は明治時代からレモンの一大生産地として知られてきました。島の限られた土地を最大限に生かすため、農家の人たちは段々畑を作り耕作を続けてきました。10月から収穫が始まるのは爽やかな風味が特徴のグリーンレモンです。かつての台風被害を乗り越えレモン栽培を続ける農家やマーマレード作りをする女性を訪ね、レモンとともに生きる島の人々の営みを見つめます。
2000メートル級の山々が連なる北海道・大雪山国立公園。キタキツネにエゾシマリス、ヒグマまで、野生生物が暮らすこの森は、アイヌ語で「カムイミンタラ」神々の遊ぶ庭とも称されます。夏が過ぎると、山頂から一斉に黄色や赤に染まり、日本一早い紅葉が訪れる登山者を楽しませます。野生生物の領域が広がる雄大な大雪山系。山への畏敬の念をいだきながらも、季節移ろう山の魅力を存分に楽しむ人々に出会います。
木曽山脈南端の小さな山里・長野県阿智村下清内路地区。毎年秋、神社の祭りで行われているのが、三百年近く続く伝統の奉納花火です。地区の人は祭りまでの2か月間、炭作り・火薬の調合から筒づくりに至るまで、自らの手で準備します。人口が減り続けてきた集落も最近は、若い女性や移住者の力も加わり、伝統の花火も輝きを取り戻しつつあります。花火作りに精を出すユニークな山里を旅します。
五頭山麓に広がる新潟県阿賀野市。町を囲むように阿賀野川が流れるこの土地では良質の粘土がとれます。古代の土器が数多く発掘されるなど、古くから焼き物の生産が盛んに行われてきました。特に作られてきたのが「安田瓦」と呼ばれる瓦。山からの強い風が吹き下ろすこの土地は、瓦を乾かすのにも適しているからです。180年以上の歴史を持つ瓦の生産に誇りを持つ人たちと出会います。
千葉県南部、上総丘陵の中央に位置する養老渓谷。急峻な山々と深い谷でかたち作られた渓谷では、自然の中で工夫を凝らしながら生活が営まれています。鮎やうなぎなどの川魚漁が行われ、人々の生活の糧となってきました。一方、山では盛んに行われた炭焼きが廃れ、猪や鹿の格好のすみかとなっています。渓谷の大地から湧き出る黒湯と天然ガスは人々の暮らしをあたためます。山河の中で、たくましく生きる人々と出会いました。
神奈川県の箱根町。標高723mの芦ノ湖の周りは、秋、さまざまな広葉樹がその姿をいっせいに赤や黄色にかえてゆきます。おだやかな水面と色とりどりの紅葉の競演は、多くの観光客を魅了します。湖のほとりにアトリエを構え、日々の移ろいをパステルで描く男性に、彩り豊かな木材を組み合わせ美しい模様を生み出す伝統の寄せ木細工の職人、紅葉の芦ノ湖でワカサギ漁を継ぐ若手漁師など、秋の箱根に息づく暮らしを訪ねる旅です。
集落を囲むように那珂川が流れる栃木県茂木町牧野(まぎの)地区。空気が冷え込む晩秋、幻想的な川霧に包み込まれます。土地の人々は、この川霧を生かした野菜作りや魚釣りなど、工夫をしながら暮らしを立ててきました。集落の中心には、住民が共同で経営するそば屋があります。川霧の恵みを受けた香りの強いそばが人気で、里ににぎわいが生まれています。柔らかな霧とともに、支え合いながら生きる人々を訪ねます。
熊本県北東部の阿蘇山は、いまも噴煙があがる活火山です。その麓、標高500m前後に広がるカルデラの盆地では、およそ5万人が暮らし、古くから農業や牧畜が行われてきました。しかし、1年半前に熊本地震以来、暮らしは大きく変わります。地割れや地滑りで傷ついた広大な牧草地。それでも牛飼いを続ける繁殖農家や、店を失い、キッチンカーで再起をはかる男性など、震災に負けず阿蘇の大地で生きる人々と出会う旅です。
白波立つ冬の日本海に、にぎわいを見せる小さな港町があります。石川県加賀市の橋立漁港です。浜を一色に染めるのは、「冬の味覚の王様」ズワイガニ。夜明けとともに漁師たちは水揚げに追われます。一回り小さいメスは、「香箱ガニ」と呼ばれ、子供のおやつや家庭の味として親しまれてきました。仲買人の祖父を手伝う10歳の少年や、行商一筋60年のおばあちゃん。「冬のまっ赤な宝物」とともに生きる北陸の浜を訪ねます。
茨城県の北部、山あいに広がる常陸太田市は、久慈川とその支流に沿って集落が点在する土地。南北に広い市内には“在来作物”と呼ばれる、この地で昔から作り続けられてきた作物が20種以上存在するといいます。山中でこんにゃく作りを続ける男性や、甘い豆腐の原料となる大豆を育てる夫婦、倒れた夫の代わりにホウキモロコシから手作りでほうきを作り続ける女性。土地の文化を、在来の作物と共に受け継ぐ人々の暮らしを訪ねます。
関東平野の中央、利根川と渡良瀬川に挟まれる群馬県板倉町。人々は豊かな川魚の恵みを分かち合っています。広大な低湿地帯は「水場(みずば)」と呼ばれ、かつては氾濫を繰り返してきました。人々は力をあわせ、治水を行い、田畑を作り暮らしてきたのです。治水技術が進んだ今でも、改良した土地では、集落のみんなで米や小麦の二毛作に励んでいます。どんなときでも楽しく強く、水場で生きる苦労をこえて輝く笑顔を訪ねる旅です。
愛媛県の松山市は、文豪・夏目漱石の小説「坊っちゃん」の舞台や、明治の俳人・正岡子規のふるさととして知られます。「坊っちゃん」に登場するというだんご屋さんや道後温泉のおもてなしなど、当時の風情は、町のそこかしこに息づいています。街を歩くと目にするのは、五七五の文字が流れる電光掲示板や俳句ポスト。介護タクシーの運転手をしながら、日々の気持ちを俳句で表現する男性など、文学の息吹残る街で人々に出会います。
埼玉県入間市のジョンソンタウン。ハウスという白い平屋の屋根が立ち並ぶこの住宅地は、かつて米軍基地で働くアメリカの人たちのために作られました。基地返還後、再開発が進み、ここには自由なライフスタイルにあこがれる人たちが集まるようになりました。ハウスを好きに改築し、思い思いの店や音楽スタジオにする人たちや、塀のない家々の間で缶蹴りをするこどもたち。自由で楽しい生き方を求める人々に出会う旅です。
小さな旅では、これまでの多くの笑顔輝く子供たちに出会いました。今回は、その中から3つの地域を選んだ「選集」です。西日本きっての酒どころとして知られる東広島市西条では、杜氏たちの姿を題材にした手作りオペラに挑む小学生。朝霧に包まれる栃木県茂木町牧野では、釣り好きの祖父を見守る中学生。そして、街に外国の人たちがあふれる神奈川・横浜橋通商店街では、母を支える健気な中国人の兄妹に出会います。
今週は「選集」の第2弾として「雪景色の中で」をお送りします。新潟県村上市の山熊田地区は、山あいの小さな集落。昭和50年代まで冬の4か月の間、山道は雪で閉ざされ孤立した暮らしを送っていました。豪雪を耐え忍ぶ冬の暮らしが今も続いています。20年前に冬季五輪が開催された長野県の白馬村。いま、スキー客の9割が外国人だといいます。手作りのおもてなしで外国人客を迎える民宿の女将さんに出会いました。
一面の雪景色。長野県北部の長野市戸隠地区は、特別豪雪地帯に指定されています。人々は厳しい雪の間、耐えながら生活を送ります。雪の下でもしなやかに自生する竹を使い、古くから生活に溶け込む品々を生み出す冬の手仕事・竹細工。2000年余りの歴史を持つという戸隠神社で、春の太陽を待つ祈り。冬のわずかな晴れ間から差しこむ光が照らしだす山々と一面の銀世界の絶景。春を待ちながら生きる雪国の暮らしを訪ねます。
島根県奥出雲町は、古来の鉄作り「たたら製鉄」の里として知られています。砂鉄と木炭だけで作り上げられるたたらの技は、純度が非常に高く、良質な「玉鋼」を生むといいます。いにしえより棟梁(りょう)の「村下(むらげ)」の間で口伝で伝えられてきたこの技。終戦を境に一度、途絶えましたが、昭和50年代に再興されました。たたらから発展した「炭」や「そろばん」の文化が、今も土地の人々の暮らしに息づいています。
東京と山梨の境にある山梨県丹波山村。2000m級の山々から連なる急峻な谷間に広がる集落におよそ570人が暮らします。日照時間の短い冬、太陽が山陰に隠れる集落には、午後になるとまもなく日の光が届かなくなります。日陰を逆手にとったマイタケ作りや、貴重な日だまりを使った郷土料理、陽光を受けやさしく育つ子供たち。谷あいの村で、あたたかく生きる人々に出会う旅です。
高知県室戸岬の西にある、室戸市吉良川町は、古くから炭の名産地として知られてきました。町に数多く残されているのは、炭の交易によって建てられた“蔵”です。三月、町を彩るのは、蔵に眠っていた先祖代々のひな人形。ひな行列にあわせ家々に飾られ道行く人々を招き入れます。亡き夫の思いを胸にパン作りに励む女性に、築100年を超える蔵を生かして、お遍路宿を営む夫婦など、歴史ある町で、時を刻む人々の暮らしを訪ねます。
雲仙の山々を抱く長崎県島原半島。城下町のいたるところに張り巡らされているのは、湧き水が流れる水路です。水源の数はおよそ50にも上ります。民家の庭にある江戸時代からの水源を守りつづける「水の番人」の一家や、湧き水を使い名物のそうめんを作る職人。そして、平成3年の雲仙・普賢岳の噴火から復興し、おいしい野菜を作る農家とその家族。災害も乗り越え、水とともに生きる人たちに出会います。
芸事の街、大阪・千日前界わい。漫才や落語の劇場が集中するこの地区は、大阪を代表する笑いの街です。通りには、笑いにとりつかれ、日々笑いと向き合う芸人たちがあふれます。貧しい生活を苦ともせず、町の爆笑王を夢見る30代の漫才コンビ、芸人たちを長年にわたって育んできた料亭のご隠居。「若い後輩たちに活躍の場を」と奔走するベテラン芸人。支え合いながら、芸の街で生きる人々と出会う旅です。
東京から約300キロ、伊豆諸島の八丈島。人々は、豊かな海や、温暖な気候がもたらす自然の恵みを受けて、生活を営んできました。春を迎え、港は活気づき、牧場には緑があふれます。名産の干物くさやを作る家族は、高校を卒業して島外へ就職する息子を気にかけていました。島で守り続けられてきた伝統の絹織物「黄八丈」は、新たな門出を迎える親子に寄り添います。伝統を胸に生きる島の人びとを訪ねます。
ソメイヨシノにジンダイアケボノ。満開の桜並木が彩るのは、横浜市の中心部を流れる大岡川です。ここは、明治時代からの桜の名所。いまも毎年10万人を越える人々が桜を楽しみます。戦時中に伐採された桜並木を地元の人たちは少しずつ時間をかけて再生してきました。桜の枝で染めた繊維で着物を作る老舗の呉服店の主人や、毎月少しずつ「桜募金」に寄付を続ける80代の女性。都会の桜に思いを寄せて生きる人々と出会います。
しだれ桜の里として知られる栃木県宇都宮市城山地区。その小学校の校庭の真ん中にたたずむ「孝子桜」は樹齢およそ450年、土地の人たちの誇りの桜です。名前は孝行息子の民話に由来します。さらに町のあちこちには孝子桜の子孫のしだれ桜が咲き誇ります。桜まつりで母に聞かせたいと民話語りの練習に励む男の子。屋敷を囲む30本以上の桜を大切にする87歳女性を気遣う息子。孝行息子たちの桜物語です。
豊かな田園地帯を走る山形鉄道のフラワー長井線は、色とりどりの花模様が描かれた車体が特徴の路線です。山形県置賜地区にある赤湯駅から荒砥駅まで、全長30.5キロを結んでいます。歴史ある駅舎を舞台に、自分たちの青春をテーマにした一枚を残そうという写真部の高校3年生。学生たちの駅までの足を支えている自転車屋さん。地域の憩いの場になっている駅舎。春色の列車に乗って沿線の人々を訪ねていきます。
太平洋に面した千葉県鴨川市。この港町の春の風物詩は、住民総出の「ひじき刈り」。黒潮の波にもまれて育つひじきは、江戸時代から房州の名品として珍重されてきました。一方、地元の水族館の飼育員も春の到来を喜ぶ一人です。春は、鴨川沖の潮が変わるため、定置網に珍しい魚がかかる機会が増える季節。漁船に乗り、お目当ての魚を捕まえては水族館に運び込みます。黒潮が運ぶ春の恵みを享受する、鴨川の人々の暮らしを訪ねます。
山口県の東部、岩国市を縦断するように流れる清流・錦川。この川に寄りそうように走る鉄道が「錦川清流線」です。市街地と山間の小さな集落を結びます。川の魅力を車内アナウンスする新人運転士に、廃線危機にあった鉄道を存続させた地元住民。過疎の集落に住む人々を結びつける「神楽」を大切に守る中学生。沿線には他の何にも代えがたいそれぞれの日常があります。川が輝きを増す新緑の季節に、列車でトコトコと訪ねました。
世代を超えて愛されてきたボクシング漫画「あしたのジョー」。今年、連載開始から50周年を迎えます。高森朝雄さんとコンビでこの名作を生み出した漫画家のちばてつやさんが、作品に描かれた東京・下町を旅します。主人公・ジョーが練習に励んだ山谷地区の泪橋(なみだばし)、人情あふれる昔ながらの乾物屋さんに、元気いっぱいの子どもたち。ちばさんが描いた漫画のキャラクターのような人たちの50年と今を見つめます。
群馬県の北西部にある東吾妻町。山頂部に岩壁が切り立つ岩櫃山(いわびつやま)は、町のシンボルでもある勇壮な山です。新緑まぶしい季節、山里の暮らしは彩りを増します。直売所には緑鮮やかな山菜や、特産のリンゴが並びます。町の女性たちは山の麓で採った植物で、美しい草木染めを楽しみます。岩櫃山を見上げる絶好の場所には、色とりどりの花を植えたオープンガーデンも。岩山を愛し、ささやかな人生を楽しむ人びとを訪ねます。
山々が連なる八ヶ岳。その広大な南麓に位置する山梨県北杜市は、初夏、牧草が青々と茂り、山の新緑がまぶしく輝きます。開拓した高冷地の畑でひたむきに野菜を作り続ける農家。開拓少年隊として父が始めた酪農を引き継いだ息子と牛たちの交流。高原のペンションではオーナーが、訪れた子どもたちに自然の美しさを伝えます。見知らぬ土地に生活を作り上げた開拓の精神を受け継ぎ、楽しく、たくましく生きる人々に出会います。
大分県北東部に浮かぶ姫島は“風の島”。周りに遮るものがなく年中強い風が吹きます。「風越」と呼ばれる農地は、風の影響を受けないよう火山の火口を開墾して畑にしています。伝統漁「手吾智網漁」は、刻一刻と変わる風を読みながら手で網を引いてタイを水揚げします。5月、西風に乗ってやってくるのは、2000キロを旅するチョウ「アサギマダラ」。保護活動をする人々にも出会いました。風と共に生きる島の暮らしを見つめます。
新潟県長岡市の摂田屋(せったや)地区には酒やしょうゆ、みその醸造メーカーが立ち並びます。伝統のしょうゆ造りを受け継ぐ蔵では、新しい工場長が仕込みの時期を迎えていました。サフラン酒という風変わりなお酒を造っていた屋敷では、その主の自由な精神性に魅せられた男性も。創業70年のパン屋さんは、町の酒蔵で生まれた酵母と地元産のみそやしょうゆを使って、独創的なパンを作ります。“醸造の町”の人々に出会う旅です。
波穏やかな不知火海に面する熊本県水俣市。かつてここは公害によって多くの命と暮らし、そして人々のつながりが失われました。それから60年、水俣の海は再生の途上にあり、魚も戻りつつあります。海の営みが忘れられず、一度は離れた水俣に帰郷した漁師、水俣の海の魅力を伝えようと奮闘するダイバー、海でカヌーをこぐ高校生。皆豊かで穏やかな海に抱かれて暮らしています。よみがえりつつある水俣の海と人々の思いを訪ねます。
岩手山麓に広がる滝沢市では、古くから馬と人がともに暮らしてきました。初夏、この地域に「チャグチャグ」という鈴の音が響きわたります。「チャグチャグ馬コ」と呼ばれる馬の無病息災を祈る行事です。色鮮やかな装束で着飾った60頭以上の馬が、身につけた鈴を揺らしながらまちを練り歩きます。「南部曲り家」で馬と暮らす夫婦や、馬の装束を作る農家、行列初挑戦の馬に寄り添う引き手の女子高校生。馬を愛する人々に出会います。
宮崎県延岡市に響く鐘の音。毎日決まった時間に聞こえてくるこの鐘は、明治時代から延岡の町に時を告げてきました。目覚まし代わりに、昼食や帰宅の合図にと、市民の生活に欠かせない音です。故郷の音を守ろうと毎日鐘をつく鐘守、帰ってきた故郷で鐘の音を聞き幸せをかみしめる夫婦、鐘の音を聞くと大切な人との記憶がよみがえるという女性。140年変わらず響く鐘の音にのせて、この地に暮らす人々の営みや心の風景を訪ねます。
滋賀県米原市の醒井地区。旧中山道の風情が残る町には、清流「地蔵川」が流れています。川底の石がくっきり見えるほど透明な川の水は、昔から地元の人々の生活に使われ、今日まで大切に守られてきました。道行く人の目を楽しませようと、川に花を飾る90歳の女性。清流から生まれる味を受け継ぐ老舗料亭。水中に咲き誇る梅花藻の花と、花を楽しみに訪れるお客を迎える喫茶店の店主。清らかな流れを愛する醒井の人々を訪ねます。
ふだんは気に留めることもない日常の「音」。しかし、聞こえなくなると途端に懐かしく感じたり、一緒に聞いた誰かを思い出したりすることがあります。帰郷したときに聞いた「カジカガエルの鳴き声」。今は亡き夫と訪れた海で聞いた「小石の転がる音」。駅前でいつも流れていた「時報の音楽」。岩手県大船渡市の鍛冶屋さんでは、東日本大震災で一度途絶えた「鉄を打つ音」が町に戻っていました。みちのくの音をめぐって旅をします。
四国山地の西部にそびえ立つ、西日本最高峰の石鎚山。昔から、山そのものがご神体としてあがめられてきた霊峰です。今も多くの人たちが、それぞれの祈りを胸に頂を目指します。ほら貝の音色を神にささげながら、毎日山へ荷物を届ける郵便配達員。険しい山道の途中で、登って来る人を元気づける「冷やしあめゆ」。年に一度、亡き妻への思いを胸に登り続ける男性と小学5年生の娘。神の山へ思いを寄せる人々を見つめます。
黒潮と親潮がぶつかり、豊富な魚が水揚げされる茨城県大洗町。岩礁の多い磯場に荒波が砕け散る様子は、大洗の地名の由来とされてきました。そんな荒海で今もなお現役で素潜りを続ける、81歳のアワビ漁師。かつての漁の喜び歌「磯節」を歌い継ぎ、町に活気を取り戻したいと願う男性。津波の被害を受けた港で、いち早く復興に向けて立ち上がった漁師のかあちゃん。“荒波”を乗り越え、力強く生きる人たちの姿を見つめます。
三重県大台町。山間部にあるこの町を流れるのは一級河川・宮川です。その水質は、国が定める河川調査で何度も日本一に選ばれているほど。水道水が引かれた今もなお、川にそそぐ沢の水を生活に利用している地域。透き通った清流が生んだ伝統のアユ漁「しゃくり漁」を受け継ぐ少年漁師。川の“怖さ”と“恵み”、その両方を受け入れ、ワサビを育てる男性。清流・宮川とともにある暮らしと人々の思いを見つめます。
北海道の南西部にそびえる羊蹄山は、その姿から「蝦夷富士」と呼ばれる名峰です。登りが続く厳しい山道ながら、この山の魅力にひかれた人々が集います。病のため頂上までは行けなくなった今も、諦めず登り続ける夫婦。忙しい仕事の合間に山へ向かい癒やしを得る看護師。幼い双子の子どもたちと共に山の麓で暮らし、いつか彼らにも登ってほしいと願う避難小屋の番人。大自然のスクリーンに映し出される絶景「影羊蹄」にも出会います。
愛知県三河湾に浮かぶ篠島は、古来より漁業をなりわいとしてきた漁村です。網元3代目の漁師は、4姉妹のお父さん。網元が自分の代で途絶える危惧もありますが、娘たちの成長を温かく見守ります。島の家族のひと夏を見つめました。島には海の安全を見守るたくさんのお地蔵様が。感謝の気持ちで手入れをする女性たちに出会います。浜では、ウミガメが産卵に来てくれるよう子供たちが掃除をしていました。海を愛する人々の物語です。
埼玉県東部のベッドタウン、草加市。旧日光街道沿いには、松尾芭蕉も訪れたという松並木「草加松原」があります。生命力あふれる松を俳句に詠むことで、息子を失った悲しみを乗り越えた女性。高度成長期、排ガスの影響で枯れてゆく松を仲間と救った草加煎餅店の職人。並木の横を流れる川では、先人が残した絶景を人々に伝えようと和船を漕ぐ若き船頭の姿がありました。松並木に魅せられ、思いを寄せる人々に出会う旅です。
新潟県弥彦村は、1300年の歴史を持つ彌彦神社を中心として栄えてきました。古くから神と寄り添った生活が営まれ、今でも神様のための玄関や部屋のある家が残ります。週末、装束に身を包み神様の前で神楽を舞う小学生。米の収穫が始まり、神社に納める奉納米の準備にいそしむ農家。万葉集にも歌われる霊山・弥彦山には、祈りを捧げるため毎日のように登る男性がいました。日々神様の息吹を感じながら生きる人々に出会う旅です。
日本有数のブドウの産地、山梨県甲州市勝沼町。実りの秋を迎え旬の味を求める人で賑(にぎ)わっています。新種のブドウが人気を得るなか江戸時代から作られ町を支えてきた歴史あるブドウ「甲州」を育て続ける農家。ブドウ農家が原料を持ち寄りワインを作る“地域密着型”ワイナリーで亡き夫の意思を守ろうと奮闘する女社長。前社長への恩返しをしたいとワイン作りを支える果樹農家。ブドウを通してつながり支え合う人々を訪ねます。
太平洋に突き出し、江戸時代に「とっぱずれ」と詠われた千葉県銚子市。黒潮と親潮がぶつかる海は日本有数の漁場として知られ、今も7年連続日本一の水揚げ量を誇ります。海の恵みの価値を知り、それを守り伝えようとするキンメダイ漁師たち。家族がとった魚を干物にして、一家を支える“おかまわり”の母ちゃん。イルカの集う豊かな海に魅せられ移住した若いガイドの女性。海を思い、海に生きる人々に出会う旅です。
長野県の小布施町には、民家の庭に自由に出入りしてよいという「お庭御免」と呼ばれる慣わしがあります。江戸時代から続くこの風習によって、小布施では庭が人々の社交の場となってきました。縁側で庭を訪れた観光客にビールをもてなし会話を楽しむ女性、庭で出会って大親友になったという2人の少女。栗農家は、収穫を手伝ってくれる近所の人たちと庭先で栗料理を囲み団らんします。ささやかで温かい人々の交流に出会う旅です。
飯豊連峰の豊かな伏流水が注ぎ込む福島県喜多方市。230年あまり続く酒蔵では、新酒の仕込みが始まっていました。代々大切に水を守ってきた酒蔵には、水の神様を祭った神棚が。豊かな水に感謝して手を合わせます。名物の喜多方ラーメンも、おいしさの秘訣(けつ)はやはり喜多方の地下水にありました。山あいの地域のそば店には、水だけでそばを食べる「水そば」というメニューも。水の恵みとともに文化を育んできた町を旅します。
神奈川県川崎市、武蔵小杉駅の界わいは、高さ100メートルを超える超高層タワーマンションが林立します。10年ほど前から工場などの跡地の大規模な再開発が始まり、およそ1万人が移り住んできました。住民どうしの交流の場をつくろうと囲碁サークルを立ち上げた男性、街を盛り上げるイベントを企画するカレー屋の女店長、地域の人の心を癒やすパンジー農家。“タワマン”の街につながりをつくろうと奮闘する人々に出会います。
秋田と岩手の県境に位置する八幡平。太古の火山活動が山頂部になだらかな台地をつくりあげました。秋、八幡平には色とりどりの紅葉と、あちこちから吹き上がる湯けむりの景色が広がります。土砂崩れで廃業の危機に追い込まれても懸命に先祖代々の景色を守ってきた宿のおかみ、40年近く湯治場で仲間達と語らい交流を深めてきた男性、70年以上山頂に通い写真を撮り続ける写真家。秋の八幡平に思いを寄せる人々に出会います。
岡山と鳥取の県境、中国山地に連なる蒜山(ひるぜん)。上蒜山・中蒜山・下蒜山の3つの山からなることから、蒜山三座と呼ばれています。なかでも、中蒜山は、標高1122mだったことから、語呂合わせで「いいふうふ」の山と呼ばれ、たくさんの夫婦が登ります。助け合いながら山頂を目指す夫婦が歩んできた人生の物語を見つめました。麓の高原では父の代から酪農を営む牧場一家にも出会います。紅葉に色づく蒜山を歩く旅です。
中国地方最高峰・大山の麓に広がる鳥取県大山町。ここには、終戦直後に香川県から満州を経てたどりついた開拓団が入植した集落があります。広大な土地を活(い)かした酪農で栄えた集落ですが、高齢化や後継者不足で酪農家は徐々に減少。「100年かけて理想のふるさとをつくる」と始まった村づくりは、転換のときを迎えようとしています。毎年11月に行われる入植を記念する式典を前に、開拓村で生きる人々の思いにふれる旅です。
伊豆半島の西部、静岡県西伊豆町は、漁業の町として栄えてきました。この時期、漁師たちが狙うのは高値が付くヤリイカです。かつお節店では、地域の正月の縁起物「潮かつお」作りが始まっていました。かつてカツオ漁で賑わった西伊豆の誇りを胸に伝統的な製法を守り続けます。創業150年の造船所もルーツはカツオ船の船大工。整備した船を家族で送り出します。時代が移り変わってもひたむきに海と生きる人々の暮らしを訪ねます。
群馬県藤岡市の鬼石(おにし)は、全国でも珍しい冬に咲く桜の名所です。町のシンボル「桜山」では7000本の冬桜が寒空の中で健気に咲き誇ります。冬桜を守り増やし続けた父の意志を継ぐ桜守。かつて町を支えた庭石の産業が衰退し、第二の人生として桜山にうどん店を開いた男性。桜山を訪れる人でにぎわうみかん農園は、桜と同じ時期にオレンジ色に色づきます。過疎化が進む中、冬桜をよりどころに生きる人々の思いを見つめます。
栃木県の北東部に位置する那須町。那須連山の主峰・茶臼岳の中腹には、飛鳥時代から続く那須湯本温泉があります。二度の火災を乗り越え、燃え残った日記から先祖の思いを受け継ぐ家族経営の温泉宿を訪ねました。麓で篠(しの)竹を刈っていたのは「篠ざる」を作る女性。栃木県の伝統工芸品です。牧場では、冬でも一日中外で牛が放牧されていました。牛たちとのびのび暮らす酪農家に出会います。大地の恵みと共にある暮らしです。
ラグビータウンと呼ばれる埼玉県熊谷市。今秋初めて日本で開催されるワールドカップの会場に選ばれました。街中にW杯のポスターが貼られ歓迎ムード一色に包まれる熊谷。ラグビー愛にあふれたコロッケを作る精肉店の店主。年をとってもラグビーを続けるシニアチーム。ラガーマンだった亡き夫の思いを継いでW杯の通訳ガイドに応募した女性。ラグビーの街・熊谷を愛し、W杯を心待ちにする中高年たちの物語です。
石川県南部の山中温泉は1300年の歴史をもつ温泉地。「総湯」と呼ばれる公衆浴場には一番風呂を待ちわびる人々が夜明け前から集まり、語らいの場となっています。温泉の隣にあるのは芸妓の劇場。最盛期に200人いた芸妓は現在5人になりましたが、「山中節」を歌い継ぐ最古参の芸妓に出会いました。温泉地の名産は山中漆器。木を削って器を作る人間国宝の技が光ります。豊かに湧き出る湯とそこに集う人々の暮らしを訪ねます。
小さな旅では、全国各地の旅先でたくさんの笑顔輝く子供たちに出会いました。今回は、その中から3つの地域を選んで綴(つづ)った「選集」をお送りします。栃木県の宇都宮市では、大きなしだれ桜「孝子桜」にまつわる物語を語る母思いの男の子。山口県岩国市では、過疎の集落に住む人々を結びつける「神楽」を大切に守る中学生。「お庭御免」の町・長野県小布施町では、町中の庭を駆け回る二人の仲良し少女に出会います。
旅先でたくさんの家族に出会う小さな旅。山梨県北杜市では、子供連れの家族向けの宿泊施設を開いた夫婦と訪れる家族との触れ合いをフォーカスします。中国山地・蒜山(ひるぜん)の麓では、酪農を営む夫婦と、その働く背中を追いながらのびのびと育つ子供たちの姿を見つめます。静岡県西伊豆町では、悲劇を乗り越えて、創業150年の造船所をなんとか守ろうとする家族の絆の物語です。各地に暮らす家族の営みを見つめる選集。
長野県の中央部に広がる茅野市。冬、氷点下10度にもなる凍てつく寒さの中、雪をかぶった八ヶ岳の背後には“八ヶ岳ブルー”と呼ばれる快晴の空が広がります。この気候を利用した伝統の「寒ざらしそば」の保存方法を受け継ぐそば店の店主。冷たくも青く美しい氷の渓谷に魅了され、写真を撮り続ける男性。冬山登山の登竜門として親しまれる八ヶ岳の山小屋の主人。寒空のもと、雄大な大自然とともに生きる人々の物語です。
福井県越前市の山間にある五箇(ごか)地区は50軒の工場が並ぶ越前和紙の産地。この町では古くから紙漉(す)きは女性の仕事です。戦後の建築ブーム、ふすまや障子紙の生産を担った女たち。この道50年のベテラン女性は、紙漉きに使う道具作りを学び、衰退の一途をたどる町を支えます。美しい模様和紙を手がける工房では、一人の若き女性が父から秘伝の技を教わりました。脈々と受け継がれるたくましき女神たちの魂に触れる旅。
春節を迎え、赤いちょうちんが輝く長崎市の新地中華街は、日本で最も歴史のある中華街です。先祖が開いた店を受け継ぎ、日本に帰化した今も中国人としての一家の歴史を大切にしながら生きる花火店の店主。華僑だった妻の父の味を守り、長崎の食文化を後世につなごうと奮闘するちゃんぽんの製麺所の2代目。一度は途絶えてしまった中国伝統の“龍踊”を復活させた日本人たち。国境を越えて共に生きる人々の暮らしを見つめます。
福島県と栃木県との県境に位置する茨城県大子町。冬にはマイナス10℃まで冷え込み、関東有数の厳冬を迎えます。寒さを生かして江戸時代から作られてきた「凍(し)みこんにゃく」を受け継ぐ男性。「袋田の滝」にある茶屋で生まれ育った名物おかみ。厳しい寒さの中、協力しながら、こうぞの皮をはぎ、和紙の原料作りに励む地域の人々。厳冬の山里にもたらされる恵みを、大切に受けとって暮らす人々を訪ねる旅です。
青森県、津軽半島の北西部に広がる十三湖(じゅうさんこ)。冬は、日本海からの強烈な吹雪に閉ざされる過酷な土地です。厳冬に暮らす地域の人々を支えてきたのは、特産のシジミ。ここ30年で価格が高まり、漁師たちを冬の出稼ぎから解放しました。家族総出でシジミ漁を行う一家。地域を盛り上げようとシジミラーメンを開発、レシピを公開した旅館の主人。氷のはった湖からの恵みを受け取って、たくましく暮らす人々に出会います。
大阪湾の入り口に位置する、和歌山市加太。昔から漁業が盛んだった静かな港町のそばには、3月3日のひな祭りの日に、独特な「ひな流し」の神事を行う神社があります。夫の急死によって突然神社を取り仕切ることになったママさん宮司。神がいた海で漁場を守り続けるベテラン漁師。とれた鯛をどこも残すことなく調理する食堂の母ちゃん。春を迎えた加太の海で、先人たちに感謝しながら暮らす人々を訪ねます。
130もの国と地域から来た人びとが暮らす国際都市・新宿。なかでも新大久保駅界わいは、“コリアンタウン”や“イスラム横町”と呼ばれる一角があり、豊かな多様性を感じさせる街です。ふるさとの味を守る韓国料理店のお母さんたち、夢を追って来日する留学生を支えるネパール人の店主、首都圏に暮らすアイヌ民族の親子。“異郷の地”で、家族や同胞そして伝統文化に思いを寄せ、支えあいながら生きる人びとを訪ねます。
福岡県北九州市の沖合、響灘に浮かぶ小さな島・藍島(あいのしま)。人々は、古くから海の恵みとともに暮らしてきました。港はサワラにサヨリ、ワカメなど様々な海の幸の豊漁にわきます。春は、出会いと別れの季節。子供たちは、小学校を卒業すると、島を出て、北九州の中学校で寮生活を送ります。漁師の父と最後の親子漁にのぞむ子供も。故郷の島と家族の思い出を胸に、巣立っていく子供たちの姿を見つめます。
日本海に面した山口県下関市豊北町。ひすい色の海が広がる海岸が続き、いくつもの入り江には、豊かな海の恵みとともに生きる漁師町が点在します。高齢化が進むこの地域では、いま若い世代による新たな動きが始まっています。伝統漁法に挑む漁師夫婦。新たな魅力作りに挑む海産物業者の若旦那。さらに今では幻と呼ばれる陶磁器の再興に挑む陶芸家。自然の恵みと昔から続く営みを守りながら暮らす人々に出会います。
残雪の蔵王連峰を背に千本の桜が咲き誇る「一目千本桜」。白石川の堤に8キロに渡って桜が咲き誇ります。子供たちのはしゃぐ声と、花びらを口にあてた「さくらぶえ」の音色が響く、桜のトンネル。こどもたちは、物心ついたころから、この桜並木を抜けて学校に通い、桜と共に健やかに育ってきました。大好きな千本桜の間近に家を建てた夫婦や、千本桜に感動し、歌をつくったおばあさん。桜とともに人生を歩む人々と出会う旅です。
琵琶湖の東、滋賀県日野町は、近世以降全国各地で品物を商った“近江商人”発祥の地の一つ。いまも人々は、地域全体の発展に繋がるようにとの、祖先の心構えを大切に暮らしている。古い商人屋敷を大切に守る人。先人の進取の精神に習い、新たな商売に挑む老舗酒屋の若い経営者。5月は日野の人々が誇りにする、850年もの歴史を誇るお祭りで、町中が華やぎます。祖先から受け継いだ“近江商人の心”が息づく町を訪ねる旅です。
千葉県南東部にある嶺岡山地。太平洋に面したなだらかな山の斜面には、数多くの棚田が残ります。山の粘土質の土壌を生かして作られた棚田は、天水を利用しています。風薫る5月は田植えの季節。先祖から受け継いできた棚田を守る農家たち。山の貴重な湧き水を暮らしに生かす人々。さらに山間の丘陵地では子牛の放牧も行われています。美しいふるさとの自然と共に生きる人々に出会う旅です。
島根県松江市は、宍道湖・中海の2つの湖、それを結ぶ大橋川と水の恵みあふれる町。この松江で10年に1度開かれるのが、日本三大船神事の一つ「ホーランエンヤ」。絢爛(けんらん)豪華な百そうの船が川に繰り出し、船上では華やかな歌や踊りを披露します。祭りとともに人生を重ねてきた豆腐屋の老夫婦。花形の「剣櫂」(けんがい)を務める中学生と我が子を支える家族。水の都・松江の伝統の祭りに思いをよせる人々の物語です。
日本一の港湾都市・横浜。毎日たくさんの大型船が出入りする港の一角に、昭和の風景が色濃く残る漁師町・子安浜があります。高度経済成長期に拡張する工業地帯の公害や埋め立てで、一度は陸へ上がることを余儀なくされた漁師たち。しかし再び立ち上あがり“宝の海”を取り戻しました。狙うは江戸前の“アナゴ”です。故郷の魚を振舞う寿司屋。浜に唯一残る銭湯。時代の波にあらがいながら、漁師町の誇りをもって生きる人たちの物語。
日本海に浮かぶ新潟県佐渡島。小木地区は火山活動によって隆起した岩礁地帯が続く過酷な土地。人々はこの地で生きるため、岩場でも小回りがきく「たらい舟」を生み出し、20mものヤスでサザエやアワビを採ってきました。また真水の乏しいこの土地で米作りをするため、岩盤に横穴を掘って得た水を大切に守っています。岩山の洞窟では、昔から海の安全航海を祈ってきました。厳しい自然と向き合って生きる島の人々の物語です。
九州南部を薩摩灘へと流れる川内川。流域は豊かな自然が残り、人々はこの川の恵みとともに暮らしてきました。梅雨前の時期には、無数のホタルが川岸いっぱいに乱舞して輝きます。鹿児島県さつま町の人々は、古くからこのホタルに自らの人生を重ねて暮らしてきました。幻想的な光の川を進む「ホタル舟」を操る3世代家族。ホタルに亡き父の姿を重ねる女性。ホタル舞う山里でひたむきに生きる人々の小さな物語です。
八ヶ岳の山裾・日本一高いところを走るJR小海線。長野県・小諸駅から山梨県・小淵沢駅までを結びます。車窓には満天の星。週末に運行される特別列車にはロマンチックな星空を目当てにした恋人たちでいっぱい。かつて列車内で結婚式を挙げた老夫婦。通学の車内で出会った2人は、いま線路脇で食堂を経営。思い出作りに乗車した高校3年生のカップル。“恋人たちの星空列車”の色褪(あ)せないときめきに出会う旅です。
愛媛県大洲市は、江戸時代に城下町として栄え、いまも面影が残る町のたたずまいから“伊予の小京都”と呼ばれます。去年の西日本豪雨では、城下を流れる肱川が氾濫し、大きな被害を受けました。再建を目指す川魚料理店。伝統の鵜飼いで町を活気づけようとする鵜匠。町の一角では、昔ながらの遊びに夢中になる子どもたちの声が響き、人々を元気づけています。西日本豪雨から1年。ふるさとの川と歩み続ける大洲の人たちの物語です。
栃木県塩谷町は、山々に囲まれた自然豊かな山里です。イヌブナなどの原生林に湧き出すのは、名水百選にも選ばれた尚仁沢湧水です。家に引き込んだ水路を大切に維持する夫婦。いがぐり頭だった少年時代、大好きな遊び場だったふるさとの山を守ろうと、荒れた登山道をよみがえらせた男性。ホタル舞う景色を取り戻すことに情熱を傾けるかつての昆虫少年など。豊かな自然、清らかな水とともに生きる人々の物語です。
秋田県田沢湖は、深さ423mと日本一。透明度も高く、四季折々に表情を変える神秘的な“青の絶景”が、多くの人々を惹きつけます。自転車の魅力を伝えながら湖の豊かな自然とともに暮らす80代の女性。戦前まで田沢湖だけに生息していた幻の魚・クニマスとともにあった暮らしと、ふるさとの自然の再生を願う元漁師一家の男性。変わりゆく湖を記録し続ける写真家。時代に翻弄されてきた田沢湖とともに生きる人々の物語です。
北海道・南暑寒岳。ペンケペタン川をさかのぼった山の中腹には雨竜沼(うりゅうぬま)湿原が広がります。さまざまな花が咲き誇る湿原は“北海道の尾瀬”と呼ばれ、多くの人に親しまれてきました。美しい湿原を愛して麓の町に移り住み、息子にもその素晴らしさを伝えようとする父親。危機にひんした湿原を守ってきた男性。病を乗り越え、30年ぶりに山頂を目指す夫婦。南暑寒岳と雨竜沼湿原に思いを寄せる人々に出会う旅です。
石川県能登島は、能登半島の七尾湾に浮かぶ小島。海中に広がる“海藻の森”では、多種多様な生き物が育まれます。この豊かな海の住民がミナミハンドウイルカの家族です。いま島を訪れる人々に人気なのが、この野生のイルカたちと一緒に泳ぐ体験プログラム。島の活性化の起爆剤として期待を寄せる民宿の若大将。野生生物の保護活動の夢をもって島にやってきた新入りイルカガイドの女性。イルカが暮らす能登島の、ひと夏の物語です。
長野と富山の県境にそびえる北アルプス・白馬岳。日本の近代登山の先駆けとなったこの山は、日本最大級の大雪渓で知られ、夏山シーズンのこの時期、多くの人が訪れます。幼少期に見た大雪渓の雄大さに心を打たれたベテランガイド。数多くの高山植物の花々に人生を重ねる男性。山頂付近の山小屋には、戦前から続く夏だけ開かれる診療所があり、医学生たちが奮闘しています。夏、白馬岳に思いを寄せる人々を訪ねます。
大分県日田市は、周囲の山々からのいく筋もの川がそそぐ、水の恵み豊かな町。清らかな水の都ということから、水郷(すいきょう)と呼ばれます。伏流水を活かした老舗しょうゆ・みそ作りや、夜の川でで楽しまれる鵜飼い。川の上流では、水の力で土をつく唐臼(からうす)の音が響き、江戸時代から一子相伝で伝わる焼き物・小鹿田(おんた)焼が作られてきました。ふるさとの自然に育まれた伝統を大切に生きる人々の物語です。
山梨県市川三郷町は、甲斐の国を治めた戦国武将・武田信玄の“のろし”に起源をもつといわれる花火づくりの里。夏、地元の花火師たちが、自慢の花火を披露する大会には、毎年20万人以上の観光客が訪れます。魅力あふれる華やかな打ち上げ花火づくりにかける老舗花火会社の若社長。昔ながらの線香花火作りを守り続ける女性。その線香花火に使う和紙をすく職人。花火とともに生きる人々の物語です。
鳥取県網代漁港は、豊かな魚場に恵まれた漁師町としてふるくから栄えてきました。この町の人々のより所となってきたのが“なだばた”と呼ばれる海辺の広場。人々はここに集い、仕事をし、また憩い、日々の暮らしを営んできました。夏の終わり、町中のお地蔵さんを、この“なだばた”に集め、航海の安全と家族の健康を祈ります。みんなで支え合いながら、海とともに生きてきた漁師町の人々の物語です。
九州有数のイカの漁獲量を誇る福岡県芦屋港。この港の漁師たちは、ほとんどが兄弟・親戚で、苗字はみんな「中西さん」。結束して海と向き合い生きてきました。イカ漁師の4兄弟。イカ釣り船の漁り火に、漁師だった亡き夫への思いを込めて今も見つめ続ける女性。8月、港は、わらで編んだ人形を作り、子どもの誕生を祝う「八朔の節句」でにぎわいます。支えあいながら海とともに生きてきた漁師町の人々の物語です。
鹿児島県の徳之島は、美しいサンゴ礁に抱かれた南の島。人々は、島の自然を大切にする心を受け継ぎながら暮らしてきました。9人の子どもたちに伝統の「追い込み漁」を通じて、島の海で生きることの厳しさと素晴らしさを伝えるビッグダディ。400年以上の歴史を誇る闘牛に打ちこむ女子高生は、島を離れる前に、家族とともに闘牛大会に挑みます。「子は宝」という徳之島で、豊かな大自然とともに生きる人々の小さな物語です。
福島県南会津町舘岩地区は、いまもかやぶき屋根の家々が肩寄せ合う小さな山里です。豪雪地帯のこの地域で、人々は互いに支えあう「結(ゆい)」の精神を大切に暮らしてきました。お年寄りたちの生活を支える元郵便配達員の男性。古くから受け継がれてきた地元のそば「裁ちそば」を伝え残す女性たち。厳しい冬の訪れを前に、集落では、かやぶき屋根のふきかえがはじまります。深山のかやぶきの里で助け合って生きる人々の物語です。
広島県江田島市は、日本一のかきの生産地として知られています。秋、沖合いに浮かぶたくさんのいかだでは、旬を迎えたかきの収穫が始まりました。戦後盛んになったいかだを使ったかき養殖を3世代で守る家族。かき殻を釉薬に用いて、独特な風合いの焼き物作りに打ち込む陶芸家。島の谷間の狭い土地で、電照菊の栽培に活路を見出そうとする菊農家。貧しい戦後の時代を、創意工夫と努力によって乗り越えてきた島の人々の物語。
深山・奈良県吉野は、日本の林業家たちにとって聖地と称される地。山の斜面には江戸時代に植えられたスギやヒノキが整然と並びます。この美林を代々守ってきた「やまいき」と呼ばれる男たち。巨大な丸太から巧みな技で様々な部材を切りわける職人。吉野で最後の一人となったおけ職人は、一生ものの木おけ作りに丹精します。いにしえより木とともに生きてきた吉野の山の人々の物語です。
静岡県熱海市は、年間観光客数が300万人を超える日本有数の温泉地。最近では若者や外国から訪れる人々も増えています。90歳の大女将ら3世代で守る老舗旅館。温泉街の代名詞である浴衣を洗濯して40年というクリーニング店。若者や旅人を大切にしながら熱海の再起を図る居酒屋の夫婦。湯の町・熱海を陰にひなたに支え生きる人々の物語です。
鈴鹿山脈の中央に位置する主峰、御在所岳。花こう岩が風雨で削られてできた山は、大岩・奇岩がそびえ立つ、日本のロッククライマーたちの憧れの山として知られます。山腹で60年続く山小屋を営む夫婦。この岩山から世界へと羽ばたいたベテランクライマー。四季折々に豊かな表情を見せる山の風景を撮影し続ける写真家。切り立った御在所岳に自らの人生を重ね合わせ、前を向いて生きる人たちの小さな物語です。
岩木山をのぞむ津軽平野に位置する青森県弘前市。この時期、りんごの収穫の真っ盛り。津軽の人たちの暮らしを支えてきたりんご。津軽人の頑固な気質“じょっぱり”が育んできました。代々続くりんご農家。りんごの木の手入れに使う剪定ばさみを作る鍛冶職人、町の人々に長年愛されてきたアップルパイを守り継ぐ親子。たび重なる困難を乗り越え、りんごとともに生きる津軽の“じょっぱり”な人々の物語です。
山梨県身延町は日蓮宗の総本山久遠寺の門前町として古くから栄えてきました。町に並ぶお寺の境内には、樹齢700年をこえる日蓮上人ゆかりの大イチョウ。晩秋、黄金色に輝き、町を彩ります。黄葉を見て、秋麦をまきはじめる老夫婦。長年お世話をしてきた元保育士のおばあちゃん。地域の人々に親しまれてきた大イチョウを守り続けるお寺の老住職。イチョウとともに人生を重ねる人々の物語です。
宮城・岩手・秋田にまたがる標高1626メートルの栗駒山。秋になると、赤や黄色、緑、彩り豊かな紅葉に染まります。土地の人々は、「神のじゅうたん」と呼び、心のよりどころにしてきました。祖父から受け継いだ山の宿で、森の恵みを受けて暮らす青年。2人の幼児に初めて赤く染まる山を見せる消防士の父親。山頂の草原では、小さな花々に力をもらう20代の女性がいました。錦に輝く絶景の山を愛する人々と出会う旅です。
埼玉県秩父市は、江戸時代から養蚕や絹織物で栄えてきました。「秩父銘仙」の技を次の世代に引き継ぎたいと奮闘する機織り職人の3世代家族。地場産業であるコンクリート製造を支え続けてきた武甲山。その伏流水を使いカフェを始めた男性の思い。また武甲山に住む水の神へ感謝を示し、豪華な山車が行き交う秩父夜祭では、祭囃子に魅せられた若者が太鼓で祭りを盛り上げます。ふるさとの伝統を受け継ごうと奮闘する人々の物語です。
中小の町工場や工業団地が並ぶ太田市。その始まりは大正6年、この地で軍用機を生産した中島飛行機。終戦後は、大手自動車メーカー・スバルのお膝元として多くの下請け工場が生まれ、高度経済成長を支えました。景気に翻弄されながらも歯車一筋に生きてきた鉄工所、貧しい時代から人々の食を支え続けた老舗パン屋、定年後も夢を追って巨大ラジコン飛行機を作る技術者OB。百年にわたり受け継がれるものづくりの魂に出会う旅です。
熊本県天草諸島の下島は、450年前にキリスト教が伝わった“キリシタンの里”。いまも島民は信仰を大切に守り続けています。岬に立つマリア像を心のより所に、東シナ海の荒海へ向かう漁師。江戸時代、キリスト教が禁止される中で、信者たちが伝えてきた風習を、いまも守りつぐ人々。過酷な弾圧の歴史と島の厳しい環境の中で、信仰を守り続けてきた“キリシタンの里”を、美しい賛美歌が響きわたるクリスマスに訪ねました。
四国最南端・高知県土佐清水市。かつて日本有数のカツオの水揚量を誇った港町は、戦後、遠洋漁業の影響で、カツオ漁は衰退してしまいました。そうした中、一人の漁師が取り組みはじめたのが、今や全国区のブランドとなった生で食べられる“清水サバ”。さらに、カツオ節職人たちは、カツオに代わり、ソウダガツオで風味豊かな宗田節を生み出します。逆境に負けず、何度でも立ち上がってきた“土佐のいごっそう”たちの物語。
宮崎県西米良村は、面積の9割以上を山林が占める山深き里。かつてこの地を治めた領主は、明治の世代わりの際、所有していた山々を村民に分配したといわれ、今も親しみをこめ“殿様”と呼ばれています。険しい山の傾斜地で、代々木を育て暮らしてきた林業家。村伝統の“糸巻き大根”を守り育てる農家の夫婦。冬の貴重な食料であるイノシシを与えてくれる山の神に感謝する猟師たち。先人の山での営みを大切にして生きる人々の物語。
新潟と長野の豪雪地帯を走るJR飯山線。沿線の十日町駅では、米粉で作った犬の形の縁起物“チンコロ”を飾り、新たな年を祝ってきました。津南町では、地元の米農家たちが冬の間、蔵人として伝統の酒造りに精を出します。またJR職員がいなくなった駅で、25年間ホームにたち続ける“町の駅長さん”は、雪降る中、新学期の高校生たちを優しく見守ります。遠い春を待つ雪国で、たくましく生きる人々の純情物語です。
千葉県南西部、東京湾に面した鋸山(のこぎりやま)。古くから「房州石」の産地として知られ、昨今は石切り跡の独特な景観が大人気の観光地。しかし去年9月の台風で大きな被害を受け、いま人々は復興にむけて取り組んでいます。登山道の復旧をめざす元石屋の子孫。地域の復興に貢献したいと、地元の食材にこだわったピザを焼く若夫婦。全国的に人気だったカフェの再開を目指す男性。ふるさとの復活にかける人々の物語です。
茨城県笠間市は周囲を山に囲まれた盆地の町。その山々は、太古の昔、マグマの隆起によって生み出された花こう岩で形作られています。この岩の山々は町に数多くの恵みをもたらしてきました。山の土を使った町のシンボル・笠間焼。その発祥の窯を継ぐ女性。日本の発展を支えた上質のみかげ石を採掘し続ける採石場。さらに花こう岩から染み出した地下水で酒造りをする酒屋。土と石の恵みとともに生きる笠間の人々の物語です。
竹林が広がる徳島県阿南市新野町は全国有数のたけのこの産地。また町の中心にある平等寺は、四国八十八カ所霊場の札所。町には、訪れるお遍路さんへの“お接待”文化が根付いています。代々たけのこを生産してきた竹林を守る夫婦。夫の介護や美容院の仕事をしながら、お遍路さんのために寺の手水舎の手ぬぐいを、毎朝取りかえる女性。お遍路さんに無料の宿を提供しているおばあちゃん。お接待に心を尽くす山里に生きる人々の物語。
全国各地の風土と人々の営みを伝えてきた「小さな旅」のアンソロジー。今回は、魅力あふれる港町がテーマ。横浜の工業地帯に囲まれた小さな漁港で江戸前のアナゴ漁を続けるド根性漁師。北九州・藍島の腕利き漁師は、進学で島を離れる息子と最後の漁へ。そして福岡県芦屋港では、海で亡くなった漁師の夫との思い出を抱きながら、名物ミリン干し作りに励む母ちゃんがいます。各地の小さな港町で、ひたむきに生きる人々の涙の物語。
全国各地の風土と人々の営みを伝える「小さな旅」のアンソロジー。今回のテーマは、激動の昭和を生きてきた「おじいたちの人生」。荒波が打ちつける新潟佐渡の岩場、小さなたらい舟でサザエをとる老漁師。奈良県吉野の山里、最後の一人となったベテランの木おけ職人。山梨・身延の樹齢750年の大イチョウとともに人生を歩む年老いた農夫。全国各地の山里や海辺の町で、ただひたむきに生きてきた人々の心の物語を追いかけます。
東京都奥多摩の御岳山は、古くからの修験道の霊峰。山頂には武蔵御嶽神社があり、多くの参拝客が訪れます。集落の家々は、みな先祖代々、神に仕える御師(おし)を務めてきました。農作業をしながら宿坊を営み、信者のために祈りを捧げる人々。山中での厳しい修行。春には、村中の御師が勢ぞろいし、伝統の神楽を伝承する3日間だけの稽古が行われます。御岳山の頂の天空の地で、信仰を守り生きる人々の物語。
北九州工業地域の一角、製鉄所のある町と石炭の積出港として栄えた町をつなぐ真っ赤な吊り橋・若戸大橋。かつて東洋一とうたわれたこの橋は、戦後日本の復興を担ったこの地区の誇り。時代は変わっても人々は橋に見守られながら暮らしてきました。労働者たちの憩いの場「角打ち」を守る男性。ソウルフード「天ぷら」を作りつづける老舗。60年近く橋のたもとで理容室を守るおばあちゃん。赤い橋のたもとで懸命に生きる人々の物語。
千葉県房総半島の山里を走る小湊鉄道。春、沿線は菜の花や桜など色とりどりの花々に彩られます。駅ごとで、花畑の手入れをして故郷を守る活動をする住民たち。古くなったオートバイを改造した軌道バイクにのり、鉄路を守る保線員たち。花吹雪が舞うホームには、列車を待つ1人の中学3年生の女の子。新型コロナの影響で、卒業式もままならない中、思い出の桜の木の下で幼馴染と再会します。鉄路と花に心を寄せる人々の物語です。
長良川が流れる岐阜市周辺は、江戸時代から続く、全国一の和傘の産地。良質な竹と美濃和紙を使った岐阜和傘。職人たちは分業制でその技を守り継いできました。竹で傘の骨を作る老職人。和傘を開閉する要の部品・ろくろを作り出す全国でたった一人の職人。完成した和傘に仕上げる女性職人は、次の世代へと岐阜和傘を受け継ごうと奮闘を続けます。ふるさと岐阜の和傘の伝統を守り生きる人々の物語です。
岡山県の中央部にある吉備中央町。夏、人々が心待ちにするのが、“森の宝石”との呼ばれるブッポウソウの飛来です。南の国からこの山里に渡り、子育てをします。過疎化がすすむ集落を元気づけたいと、ブッポウソウの保護活動に励む男性。小学生の女の子は、ブッポウソウを通じて命の大切さに気付きます。この時期、特産のぶどうピオーネが集落を輝かします。るり色の鳥が舞う美しい山里でのひと夏の物語です。
日本三景の一つ宮城県松島。複雑に入り組んだ湾には、大小260もの島々が浮かびます。この海で、人々はカキの養殖やアナゴ、ハゼなど海の恵みとともに暮らしてきました。引き潮を利用して網に魚を追い込む伝統漁を続ける親子漁師。島々で暮らす人にとって欠かせない渡し舟を守る男性。震災を乗り越え、700年近く郷土のせんべいを作り続ける老舗和菓子店。おだやかな松島の海とともにひたむきに生きる人々の物語です。
若狭の複雑なリアス式海岸に沿って点在する5つの湖、福井県三方五湖。水質も生息する生物も異なる湖で、人々は四季折々の恵みを受け暮らしてきました。今も昔ながらの漁法を守り、特産の天然うなぎをとり続ける白ひげのベテラン漁師。湖の美しい風景に励まされ、新型コロナによる休業から再起を誓う旅館の主。地元の大人に見守られ、たくましく育つ小学6年生の太公望。ふるさとの湖の恵みとともに暮らす人々の小さな物語です。
奥びわ湖の一角、湖と山との狭間に「隠れ里」として知られる滋賀県長浜市菅浦地区はあります。古くから自治組織をつくり、自らの手で村を守ってきた人々。今も約100人が支えあって暮らしています。夏、びわ湖の特産コアユをとる、最後の「沖すくい網漁師」。奥びわ湖の美しい景色をカメラにおさめ続ける男性。定年80歳という集落の農村家庭工場で元気に働くお年寄りたち。隠れ里で人生を紡ぐ人々の小さな物語です。
愛媛県の内陸部にある内子町。江戸から明治にかけて建てられた白壁の商人屋敷が通りに並びます。内子のシンボルが、百年の歴史を誇る芝居小屋「内子座」。しかし新型コロナウイルスの影響で、公演はすべて中止に。町の活気が失われる中、内子座に関わり続ける木工職人、内子伝統の和ろうそくを受け継ぐ若き職人、芝居小屋で狂言を学ぶ町の子どもたち。芝居小屋のある町の誇りを胸に歴史と伝統をつなごうとする人びとを訪ねます。
全国各地の風土と人々の営みを伝える「小さな旅」。夏特集として、海や川とともに生きる人々の物語を選(え)りすぐってお伝えします。1回目は、人生の道しるべとなった故郷の海と川の物語。三重県の宮川で、伝統漁法「しゃくり漁」を受け継ぐ高校生。愛媛県愛南町で、巨大な鉄カゴを担いで水中にもぐる老漁師。サンゴ礁の海がきらめく鹿児島県徳之島では、9人の子どもたちへ故郷の尊さを伝える父親を訪ねます。
全国各地の風土と人々の営みを伝えてきた「小さな旅」。夏の特集として各地の“物語”をえりすぐり、シリーズでお伝えします。第2回目は“ふるさとの海”が舞台。サンゴの青い海が広がる鹿児島県喜界島で追い込み漁にかける島の男たち。名峰・鳥海山を望む秋田県にかほ市では、海底に湧き出す山の伏流水が育む岩ガキの素潜り漁。そして熊本県水俣市で、故郷の海の再生を見つめ続ける地元ダイバー。海人たちの人生を訪ねます。
京都府京丹後市の久美浜湾は日本海の豊かな恵みが自慢。民宿などでは新鮮なアジやサワラなど海の幸を堪能できます。湾の近くにある砂丘では砂地ならではの甘いメロンが栽培され地元の名物です。湾内では町の子供たちがカヌーの練習に汗を流しています。その姿は、地元の人たちにとって大きな励み。夏、久美浜湾の美しい風景に包まれて、ともに支えあって暮らす人々の営みを見つめます。
深い山あいに棚田が広がる、兵庫県美方郡新温泉町海上地区。江戸時代から農耕用の牛が飼われてきたこの地域では、神戸牛や松阪牛などの元となる「但馬牛」の繁殖が盛ん。夏には集落の高原に牛が放牧されます。4代に渡り、牛とひとつ屋根の下に暮らすおじいさん。地元の農業高校で畜産を学ぶ少女はこの夏、牛飼いとして生きる父に導かれながら、一人で牛を引いて歩くことに挑戦します。牛とともに生きる人々の暮らしを訪ねます。
「北海道ガーデン街道」と呼ばれる、旭川から帯広・十勝までのルート。北国の気候を生かした庭造りが盛んに行われています。北海道ならではの特色ある花々で庭をつくるガーデナー。定年後、自宅の庭づくりを通して絆を紡ぐ夫婦。夫亡きあとの人生を庭に支えられ、夢だった花に囲まれる生活を送る93歳のおばあさん。北海道の短い夏、一斉に咲き誇る花々と庭づくりに励む人々を訪ねます。
田園風景が広がる中にそびえる筑波山。古くは万葉集にも歌われ、東の筑波・西の富士と呼ばれた名峰です。ミネラルが豊富な花こう岩の土壌を生かし、脱サラしてワイン造りに励む女性。戦後、開拓で切り開いた土地を芝畑にし日本有数の産地として育て上げた家族。刻々と変わる風景に魅せられて、養鶏場を営みながら山を描き続ける画家。豊かな恵みの山、筑波山のふもとの暮らしを訪ねます。
沖縄本島の南に浮かぶ珊瑚(さんご)礁に囲まれた小さな島、奥武島(おうじま)。夏、新月の前後のみに現れるアイゴの稚魚の群れを狙い、漁師たちは海に飛び込んで伝統の“スク漁”を行います。50年以上前、もずくの天ぷらやイカの天日干しを島の名物として生み出したおばあさんは、今も毎日イカ干しに精を出します。エメラルドグリーンに輝く海、美しい水中映像とともに、海の恵みを生かした島の人々の暮らしを訪ねる旅です。
石川県金沢市の大野町は江戸時代からつづくしょうゆの町。伝統のしょうゆを守ろうと、蔵元たちは50年前に共同で工場を設立し、味の決め手となるこうじづくりに力を入れてきた。町の小学生にしょうゆづくりを教える若者。しょうゆと深い縁を感じながら人生を歩む尼僧が大切に守ってきた観音様。しょうゆの香りが漂う町で、しょうゆとともに生きる人々を訪ねます。
島根県隠岐の島は、千年以上前から続く神社が数多く残る歴史と伝統ある島。島のいたるところに土俵があり、子供から大人まで相撲が盛んに行われています。強い力士になることを目指して稽古に励む小学生、伝統行事で闘う牛を世話する園児、独特な道具で漁を続ける人。ゆったりと時間が流れる隠岐の島で、伝統を受け継いで生きる人々と出会う旅です。
名古屋市の栄にあるテレビ塔が今年9月にリニューアルオープン。銀色に輝く塔は、その姿の美しさで人々を魅了します。銀色の塗装の影に隠された家族の物語。そして、テレビ塔の足元に広がる地下街には昔ながらの店が息づいています。古くからの機械で、ほうじ茶をばい煎する店。CDショップの店長は客とのつながりを深めるためにある方法を思いつきました。変わりゆく街の中で、誇りとつながりを大切に生きる人々と出会いました。
1000m級の山が連なる北海道ニセコ連峰。紅葉の山間をバスで抜け、神仙沼から鉱山跡、五色温泉を経て主峰ニセコアンヌプリを目指します。人生に迷った時、神仙沼の風景に励まされた人。ニセコの植物を調査する中で、芽吹きから枯れるまでを人の一生と重ね合わせる人。母から受け継いだ温泉宿を大切に守る人。秋、ニセコ連峰の風景に抱かれて生きる人々を訪ねます。
宮崎県北部にある日之影町。急峻な山の斜面にある“石垣の里”では、江戸時代に築かれた石垣を今も大切に守る暮らしがあります。石組みの棚田は今年も豊作です。町を流れる清流では、川漁の達人が「山太郎ガニ」を捕り、山では猟の達人が日本ミツバチの蜜やオオスズメバチを捕って仲間たちと酒を酌み交わします。豊かな自然に囲まれて、秋の恵みを楽しむ山里の暮らしを訪ねます。
長野と岐阜の県境にそびえる御嶽山。2014年に突如噴火、死者行方不明者63名を出す大災害となりました。入山規制が緩和され、秋は紅葉を目当てに登山客が戻っています。噴火による犠牲者を弔おうと山に登る人。紅葉に病から立ち直る力をもらった人。御嶽山の恩恵を生かし新たな魅力を作る山小屋の主人。忘れえぬ記憶に向き合い、祈りながら生きる人々を訪ねます。
京浜工業地帯の中央にある川崎市。海沿いには重化学工業を中心とした工場群が広がり7万人が働いています。夜、工場に明かりがともると、そこは魅惑的な夜景スポットへと姿を変えます。工場群のあかりを楽しむ夜景ツアーで、生まれ育った川崎の魅力を伝えるガイド。高度経済成長期から変わらず工場労働者を支えてきた食堂。工場とともに人生を歩む人々を訪ねます。
岩手県平泉町は、歴史と伝統を大切に受け継いでいます。独特な神楽を子供たちに伝えようと指導に励む女性。中尊寺の鮮やかな紅葉のもと、大輪の菊を咲かせる85歳のおじいさん。平泉ならではの安らぎを感じる菓子作りに挑戦する老舗の4代目。町が紅葉に染まる秋、それぞれの願いを未来につなごうと奮闘する人々の暮らしを訪ねます。
四方を山に囲まれて木材が豊富にある群馬県沼田市には、丸太が積み上げられた製材工場があります。時代に翻弄されながらも、たくましく生き残る工場の親子。全国でも数少ない、碁石の入れ物を作る職人。観光農園に活路を見いだし、絶品のりんごを栽培している農家の挑戦。豊かな木の恵みとともに暮らす人たちを訪ねます。
佐賀県有田町は有田焼で知られる焼き物の町です。400年の時を超えて、先祖の思いを知りたいと、ろくろと向き合う陶工がいます。そして、陶工たちを支えるのは巨大な機械を操り、焼き物の粘土をつくる陶土職人。磁器の器に映えるのは、有田の名水で仕上げた鯉料理です。磁器とともに人生を歩み、自然の恵みに感謝して暮らす人々と出会います。
紀州の良質な木材に恵まれた和歌山県海南市。黒江地区は、江戸時代から紀州漆器の産地として栄えてきました。伝統の技法を守りながら、漆器づくりに情熱を傾ける漆芸家。知育玩具や弁当箱など、漆器の可能性を広げたいとユニークな商品づくりに挑戦する若手職人。路地裏のハギレ屋は地域の人たちが心を通わす憩いの場です。漆器とともに暮らす人々と出会う旅です。
熊本県小国町にある杖立温泉は江戸時代から湯治場として賑(にぎ)わってきました。町のすみずみまで張り巡らされた温泉の配管を修理しているのはたった一人の配管工。町の人たちは温泉の守り神を大切にしてきました。豪雨災害で大きな被害を受けた老舗旅館で再建を目指し奮闘する主人。男芸者として温泉街を盛り上げている人が実は…。湯けむりに包まれた町で支え合いながら暮らす人たちを訪ねます。
冬、厳しい寒さが訪れる栃木県日光。町では地元の人たちの手で子供たちのためにスケートリンクが作られています。リンクを長年作り続けている酒屋の主人。アイスホッケーの用具店を営みながら選手を支えるアメリカ人。プロのホッケー選手から転身した高校教師には生徒たちに伝えたい強いメッセージがあります。冬の日光で、スポーツに夢をかける人たちを訪ねます。
山梨県甲府市は宝飾産業が盛んな街です。山から水晶が産出したことをきっかけに、宝石加工の歴史が始まりました。父親が掘り出した水晶を大切にしている人。高度な技術で原石を削り、指輪などを作る研磨職人。傷ついた宝石の修理や使われなくなった形見の宝石などをリフォームする職人。宝石加工の伝統を守りながら暮らす人々の物語です。
雪深い青森県黒石市。江戸時代、黒石藩の城下町として栄え、当時の面影が色濃く残っています。そのひとつに、こみせと呼ばれる昔ながらの通りがあります。江戸時代から続く家を守ってきた女性。足元が冷えないように、雪国ならではの独特な靴を作る職人。木造の町を火災から守る消防団員。それぞれの心温まる暮らしを訪ねます。
鳥取県三朝温泉は江戸時代から湯治場として賑(にぎ)わいました。新型コロナウイルスの影響で、観光客は減っていますが、町の人たちは温泉で交流を続けています。受け継がれてきた旅館を守り、自慢の温泉で客をもてなすご主人。温泉街を支えてきたクリーニング屋さん。惣菜屋さんを営む女性はこれまで、温泉と町の人たちに支えられてきました。湯の町に生きる誇りと、つながりを大切にしながら暮らす人たちの物語です。
福岡県北九州市にある旦過(たんが)市場。100年の歴史ある市場には120の店が軒を連ねています。脱サラして、郷土料理の“ぬか炊き”作りに情熱を注ぐ男性。心を込めた丁寧な接客で慕われる果物店の老夫婦。肉屋の仕事に誇りとこだわりを持ちながらも廃業を決めて、若い人たちに市場を託す男性。老朽化から再整備が決まっている市場で、受け継がれていく商いの心意気に触れる旅です。
富士山の麓にある静岡県富士宮市猪之頭。ここで、栽培されているワサビは富士山の伏流水がしみ出す湧水で育てています。父の遺志を継いで、ワサビ田を守りつづける長男の思いとは。そして、猪之頭の空に魅せられたパラグライダーのインストラクターは、ここを拠点に世界の舞台で活躍しています。彼女を支えているものは。猪之頭の自然の恵みを受けながら、人生を歩む人たちを訪ねます。
ビルに囲まれた東京港区白金台にある自然教育園は、武蔵野の自然が残る都会の中の豊かな森です。この場所でカワセミに魅せられた研究員は、長年の行動記録からその独特な生態を語ります。白金台の自然を子どもたちに残したいと願う幼稚園の女性。この森で亡き夫との思い出を胸にカメラを通じて人々との交流をつづける女性。都心に残る豊かな森で小さな幸せを見つける旅です。
北海道の旭川駅から稚内駅までを結ぶ鉄路、JR宗谷線。沿線には雄大な自然が広がります。過疎化が進み、12の駅が廃駅に。そのひとつの駅から通学する高校生はいま、実家の酪農を継ぐかどうか思い悩んでいます。夫と一緒に開いた無人駅の喫茶店を守る女性。父と同じ道を進み、雪が降れば一晩中除雪をする駅の保線員。北海道の大自然の中で生きる人々の暮らしを訪ねます。
日本海に面した新潟県の村上市には、江戸時代から伝わる人形が大切に守られています。老舗のお茶屋に飾られているのは珍しい大名行列の人形。店主は愛でるたびに伝統の重みを感じています。笑顔の人形に力をもらう漆器の職人。農村に伝わる素朴な土人形は、町の人たちに笑顔を届けます。先祖代々、受け継いできた人形を大切に守りながら暮らす人々を訪ねます。
秋田県北秋田市の阿仁(あに)は、クマなどを狩り生活する「マタギ」発祥の地。いまも現役のマタギとして山に入る男性。代々マタギが継ぐ旅館で山菜と共にクマ鍋をふるまう家族。マタギの命を守る刃物「ナガサ」を造る鍛冶職人。地元に伝わる伝統的な踊り、根子番楽(ねっこばんがく)は地域の人々を結びつけます。山の恵みを授かり、山の神に感謝し、マタギとして生きる人々の暮らしを訪ねます。
京都府南部の和束町は「宇治茶」の里。起伏に富んだ斜面は寒暖差によって霧に包まれ、香り高い上質な茶葉が育ちます。急須で飲むお茶の需要が低迷する中、より良いお茶を作ろうと励む茶農家。新茶の時期、24時間態勢で茶の町を支える製茶機械の修理業の男性。茶農家に生まれた女性は、お茶の加工品作りで地域に貢献しようと精を出します。新緑がまぶしい季節、町の誇りのお茶に感謝し、お茶と共に暮らす人々を訪ねます。
福井県坂井市三国町はかつて北前船の寄港地として栄えました。伝統の三国祭では、商人たちが栄華を競って作る山車が町を練り歩きます。祭りの時期、家々の軒先に吊される提灯は、町の人々をつなぐ証。職人が丹精込めて作ります。子どもたちに祭り囃子を指導している女性は親子で伝統を受け継いでいます。三国の心意気を感じる祭り。地元への思いを確かめ合う人々に出会う旅です。
愛知県岡崎市鳥川町はホタルの里。毎年、6月には無数のゲンジボタルが飛び交い幻想的な風景が見られます。ホタルの保護活動をしているホタル保存会は町民全員がメンバーです。ホタルの生息環境を守るため町民が一丸となって活動している鳥川町。ホタルを育む水を守るために森を育てる人、その自然に囲まれ夫婦で野菜作りを続けている人、ホタルを次の世代につないでいくために奮闘する鳥川の人々をたずねます。
日本各地の暮らしと風土を見つめる小さな旅。これまでの旅の中から、故郷の風景の中で輝いて生きる人たちを訪ねます。宮崎県日之影町で川の恩恵を受けカニ漁を楽しむ男性は「1年は380日ないと足りない。趣味で埋まっている」と微笑みます。北海道帯広市で、人生を花いっぱいの庭づくりに捧げた女性。今年5月、自宅の庭で倒れて亡くなりました。花を愛し、花に愛された人生を紹介します。
大分県くじゅう連山は、「山登りはくじゅうに始まり、くじゅうに終わる」と言われるほど老若男女に愛される山です。6月、山はピンク色の花・ミヤマキリシマで彩られます。美しい湿原を守り継ぐ人。140年の歴史を持つ山小屋は元々(もともと)お寺。自慢の温泉で登山客を癒やします。毎年、ミヤマキリシマとの再会を楽しみに1年を過ごす女性。山がピンク色に染まる季節、くじゅう連山とともに人生を歩む人々を訪ねます。
東日本大震災で大きな被害を受けた岩手県陸前高田市では、新たな町づくりが進んでいます。景勝地・高田松原の再生に力を尽くしてきた男性が抱く大きな夢とは?パン職人の女性は、県外からの移住者や地元のイチゴ農家と手を携えて町を盛り上げています。そして、津波に奪われずに残った船でウニ漁をつづける男性は、豊かな海の恵みに頬を緩めます。それぞれの夢に向かって、歩みつづける陸前高田の人たちを訪ねます。
九州屈指の穀倉地帯、福岡県朝倉は、暴れ川として恐れられた筑後川の中流にあります。先人たちは堰(せき)や用水路、水車をつくり、水田を広げてきました。江戸時代に作られた水車を長年、守り続けている大工。筑後川の恵みに感謝しながらコメ作りに情熱的に取り組む農家の5代目。受け継いだ知恵と技術を次の世代につなぐ朝倉の人たちを訪ねます。
悠久の歴史がある島根県隠岐の島には、独特の伝統行事が受け継がれています。島の至る所に土俵があり、相撲が盛んに行われています。強い力士になることを目指して稽古に励む子どもたち、闘牛の世話をする子ども。隠岐の島で伝統を受け継ぎながら、生き生きと暮らす子どもたちと出会いました。去年9月に島を訪ねてから1年、番組に登場した子どもたちは元気に成長しています。
富山、長野、新潟からいくつものルートで登ることができる北アルプス朝日岳。長い登山道に多種多様な高山植物が咲く花の山として知られています。山頂の近くにある山小屋の女性管理人は、亡き父から受け継いだ「安全を守る心」を大切に登山者を迎えています。朝日岳を仕事場にしていた時に山の魅力を知り、50年通い続ける人。朝日岳に魅せられた山岳写真家。人と人とのつながりを大切に、山とともに生きる人たちを訪ねます。
埼玉県羽生市は、利根川の豊かな恵みを受ける町。市内にある宝蔵寺沼に生息する希少な食虫植物・ムジナモは、地域の人たちが保存会を作り大切に守られています。町の伝統産業は藍染め、その技を受け継いで若い世代に伝えようと励む藍染め職人。地元の藍染めで50年、剣道着を作り続ける人。町の宝を愛し、大切に守り継ぐ人たちを訪ねます。
北海道最南端、津軽海峡を望む松前町は豊かな海産物に恵まれた漁業の町。7月から10月までは天然の真昆布が水揚げされます。透明度の高い海、深い底まで潜り、昆布漁に励む父と子。沖合に浮かぶ無人島の松前小島に通い大物を狙う漁師。昔から松前町の家庭で食べられてきた味にこだわり松前漬けを作り続ける人。受け継がれてきたふるさとの誇りを大切に思う人たちを訪ねます。
福島市内に「フルーツライン」と呼ばれる14キロの県道があります。道沿いには果樹園が軒を連ね、6月から12月にかけては、モモ、ナシ、ブドウ、リンゴなど季節の果物が楽しめます。50年に渡り果物作りに励んできた果樹農家と仲間たち。季節を通して、果物を収穫できるように品種の開発に挑む研究員。地域の果樹園を潤す水を守る堰守(せきもり)。実りの季節を迎えた福島、果物とともに歩みつづけてきた人々を訪ねます。
薩摩半島の南部、鹿児島県南薩(なんさつ)地域は温泉に恵まれ、農業と漁業が盛んな地域です。指宿の海岸にある砂蒸し温泉で、船乗りを引退した後に砂かけさんとして新たな人生を送る人。温泉の熱で栽培する観葉植物でつながる父と息子。火焚(た)きの炎と煙に包まれて伝統の鰹(かつお)節作りに励む親子。故郷の「熱」とともに暮らす人たちを訪ねます。
房総半島の南東部、千葉県勝浦市は豊かな海に恵まれた漁業と観光の町。長い歴史がある勝浦朝市は、大にぎわい。海では伊勢エビが旬を迎えています。波らん万丈の人生を歩みながら、漁師の親子が獲物を狙います。新鮮な伊勢エビを観光客に届けるために洞窟の生けすを利用している人。サーファー憧れの波に恵まれた海の近くでは、職人たちがウエットスーツ作りに励んでいます。勝浦の海に感謝し、海とともに生きる人たちを訪ねます。
奥羽山脈のふもと宮城県鳴子温泉郷はいで湯の里。伝統工芸品のこけしは、ひとつひとつ手作りです。たくみの技と心で柔らかな表情のこけしを生み出す熟練の職人、それを受け継ぎ独特な発想で進化させ世界へ発信する弟子。工房は笑い声と笑顔であふれています。温泉旅館に下宿する学生たちに寄り添い支える若おかみと町の人々。ぬくもりに包まれて、夢を温かく育む人たちを訪ねます。
山口県岩国市は江戸時代の面影が残る町。瀬戸内海へ流れる錦川に架かる錦帯橋は町の誇り。錦帯橋を架け替え、古くからの町並みを後世へとつなぐ熟練の大工。その技術を受け継ぎ、錦帯橋を地元の大工たちで守ろうと意気込む橋守(はしもり)。伝統を受け継ぎながら、酒づくりに挑戦を続けている老舗の酒蔵。故郷の誇りを自分たちの手で守り継ぐ人々の物語です。
栃木県矢板市は高原山の麓に広がる町。長い年月をかけて開拓されてきました。祖父が始めたりんごの栽培を受け継ぎ、息子につなごうとする人。林業に励みながら、子どもたちに木を身近に感じて欲しいと木登りを教える人。「牛は家族」と語る孫は、祖父と一緒に牛飼いとして生きる道を歩んでいます。高原山の恵みを受けながら、大地を踏みしめて生きる人々を訪ねます。
島根県大田市にある温泉津町(ゆのつちょう)は、地名の通り海の近くに温泉が湧く町。1300年の長い歴史がある温泉を代々守りつづける女性。先代から受け継いだ窯で独自の作品に挑戦する陶芸家。50代で役者から転身して、石切り場で働く石工。故郷で夢を育みながら生きる人々の物語です。
群馬県長野原町にある八ッ場ダムは、去年完成し、町の新たな観光地になっています。ダムとともに、豊かな自然の魅力を案内するツアーガイド。水の底となったかつての暮らしと、ダム湖の美しい風景をこどもたちに伝える人。ダムの近くに地元の人たちの憩いの場を作りたいと、うどん店を開いた夫婦。深まりゆく秋、長野原町に生まれた新しい風景を訪ねます。
京浜工業地帯が広がる横浜市鶴見区。工業地帯の発展にともなって、この街に移り住んできた沖縄の人たちが大勢います。沖縄タウンと呼ばれる地域は、沖縄料理店や琉球舞踊教室などがあり、伝統文化が色濃く残っています。沖縄のものなら何でもそろう店の主人。沖縄の心を守ろうと沖縄の風習を大切にしながら暮らす人たち。遠く離れた場所で、沖縄を思いながら生きる人たちを訪ねます。
瀬戸内海の真ん中にある広島県福山市鞆の浦、歴史ある港町には、江戸時代の町並みがいまも色濃く残っています。鞆の浦で生み出され、その名が全国に知られる「保命酒」、鞆の浦の歴史と自然を海の上から伝えるシーカヤックのガイド、そして、航海に欠かせない錨(いかり)を伝統的な鍛造技術で作り続ける職人。受け継がれてきた長い歴史を大切に守る人たちを訪ねます。
北アルプスの麓にある長野県小谷村は、日本有数の豪雪地帯です。この村では、人々が支えあいながら暮らしています。雪の下で甘い雪中キャベツを育てている男性は、わら細工の名人。小谷村へ移住して機織りを覚えた女性は、子供たちのために小さな贈り物を作っています。そして、ふるさとの懐かしい風景を守る夫婦。厳しく長い冬、こころあたたかな人たちに出会いました。
徳島県の徳島小松島港は、四国の海の玄関口です。世界の海とつながる貿易港には、大型貨物船や客船などが次々やってきます。この港で大型船の入港を手伝うタグボートの機関士。この港を知り尽くし、大型船を安全に岸壁まで誘導する水先人、港で働く船員たちをあたたかく迎え入れる小料理屋の女将(おかみ)に出会いました。港を守り、支え続けている人たちを訪ねます。
宮崎県日南市の目井津港は古くから漁業が盛んな港です。2月は、かつお一本釣り漁の季節。家族に見送られ出港する漁師たち。町で愛される木桶(おけ)仕込みの醤油(しょうゆ)は、かつおにぴったりの甘い味。仲間と共に年を重ねてなおイワガキの養殖に挑む漁師、そのそばで技を磨く若手漁師。春を待つ港で、海の恵みと共に生きる人々を訪ねる旅です。
青森県の下北半島にある尻屋は津軽海峡と太平洋に面した本州最北東の漁師町。尻屋で放牧されている寒立馬(かんだちめ)を世話しながら暮らす漁師。父や祖父のようになりたいと漁師を目指す子どもたち。不便な土地でも豊富な品揃えを心がける商店には明るい笑い声が響きます。厳しい自然の中で、互いを思いやりながら生きる人たちの物語です。
和歌山県みなべ町は、最高級品質と言われる南高梅(なんこううめ)発祥の町。その始まりは120年以上前に植えられた1本の梅の木です。今もたくさんの実をつける母樹を大切に見守る梅農家。春風にそよぐ梅染めに心躍らせる女性たち。全国でただ一人、みなべ町役場「うめ課」の課長は南高梅のPRに打ち込み、梅農家を支えます。町の宝、南高梅とともに暮らす人たちを訪ねます。
三重県四日市市は石油化学コンビナートが立ち並ぶものづくりの町。鈴鹿山脈から吹き降ろす冷たく、乾いた風「鈴鹿おろし」は、伝統のそうめんの味を生み出しています。昔ながらの製法を守り、そうめんを作りつづける家族。地元の焼き物「萬古焼」で新しい急須づくりに挑戦し続ける窯元。病気と闘いながら家族と力を合わせ、きゅうり作りに打ち込む農家。移ろいゆく街で、変わらぬ心を大切に歩みを進める人たちの物語です。
北海道の最高峰、旭岳のすそ野に広がる東川町は豊かな水と美しい景色に恵まれた町。良質な地下水で、代々続いてきた豆腐作りに励む男性。定年後の人生で旭岳が見える庭作りを楽しむ男性。高校生の時に「写真甲子園」で東川町に出会い、大阪から移住して町のために力を尽くす学芸員の女性。写真の撮影を通してふるさとを見つめる子どもたち。旭岳からの自然の恵みと共に暮らす人たちを訪ねます。
岩手県北上市の北上川に沿って、桜並木がつづいています。桜の名所、北上展勝地です。500本近いソメイヨシノが桜のトンネルを作り、約1万本の桜が園内を彩っています。花見客を楽しませる餅作りに精を出す男性。桜の色の再現にこだわり桜染めに励む夫婦。北上展勝地の生みの親である父の思い出と共に、桜並木の近くで暮らす女性。長い冬を越え、花開いた桜と共に歩む人たちを訪ねます。
愛媛県今治市は造船所の数が日本一の町。明治時代から続いてきた造船業は町の誇りです。数十万もの部品で作られる巨大な船に向き合い、汗を流す造船マンたち。体力勝負で働く人たちに60年にわたり活力を与えてきた町の焼き鳥屋。確かな技術力で船造りを支える女性だけの町工場では、母から娘へと技が受け継がれます。造船がつなぐ人々の心意気に触れる旅です。
静岡県川根本町は、町を南北に貫く大井川に沿ってたくさんの茶畑が並んでいます。町内でとれる特産の「川根茶」は、深みのある味が人気で、全国に出荷。香り高いお茶を作ろうと挑戦している茶農家の親子。湖の上にある幻想的な風景の駅、その駅の近くにあるカフェで、ある思いを抱きながら働く女性。亡き夫の遺志を継ぎ農家民宿で料理を振る舞う女性。緑がまぶしい季節、新緑に思いを馳せる人たちを列車に乗って訪ねます。
千葉県の印旛沼には豊かな自然と共にある暮らしが広がっています。毎日、漁に出ては沼から元気をもらっている三兄弟。沼の周辺で農業を発展させようと力を尽くす男性。幼い頃に、亡き母と見た沼の風景を未来につなぎたいと水草を守りつづける女性。田んぼに水が張られ輝く季節に、印旛沼と共に生きる人たちを訪ねます。
大阪は「水の都」と呼ばれ、水運により商都として栄えてきました。都会の街なかを縫うように流れ、暮らしのすぐそばにあるのが大川です。川への愛によって結ばれ、小さな遊覧船を営む夫婦。巨大なコイ釣りを通して出会い、支え合って暮らす釣り仲間。川のほとりで脈々と技を受け継いできた切子職人。知られざる大阪の水辺の風景と、川に寄り添い、絆をつなぐ人たちの物語です。
八ヶ岳山麓に広がる長野県諏訪地域は、数えで7年に1度、御柱祭の熱気に包まれます。山でモミの巨木を切って諏訪大社まで運び、社殿の四隅に立てるという1200年以上続いてきた神事です。御柱を運ぶ人たちの気持ちを奮い立たせる伝統の道具作りに打ち込む夫婦。木遣り歌を響かせて心をひとつにしようと稽古を積む親子。父の背中を追って神聖な巨木に斧(おの)を入れる大役に挑む男性。御柱祭とともに暮らす人たちを訪ねます。
古くから神が宿る山として信仰を集めてきた英彦山。参道を進むと、土産物店の店主がお茶をふるまってくれる。この山を愛した先代の思いを受け継いで今も続くもてなしだ。山には、色とりどりの花が咲き誇る場所も。この山を訪れたことで自分を取り戻すことができた男性が、恩返しとして育ててきたものだ。ふもとの町には、魔除けとして伝わる土鈴を、70年以上作り続ける老夫婦も。英彦山とともに歩む、それぞれの人生を見つめる。
北海道の北西30キロに浮かぶ天売島(てうりとう)は、周囲12キロの小さな島。島の東側ではおよそ270人が暮らし、漁業などを営んでいる。西側の断崖は海鳥の繁殖地、毎年100万羽がやってくる。ウミガラス(オロロン鳥)に魅せられ、保護活動に力を入れる自然写真家。島で生まれ育ち50年以上を海の男として生きてきた漁師。その姿に憧れ、漁師を目指す定時制高校の3年生。島の自然と向き合い生きる人たちを見つめる。
関東平野の中央部に位置する埼玉県桶川市は、江戸時代から紅花の産地として栄えた町。化学染料の普及で一度は衰退したものの、30年前から地元の人たちが紅花栽培を復活させてきた。父から受け継いだ紅花畑を、小学生の子どもたちと一緒に守る農家。紅花が咲く季節を楽しみに、毎年畑に通って写真を撮り続ける夫婦。亡き夫への感謝を胸に、仲間とともに紅花染めに励む女性。紅花を守り、心の支えにしながら暮らす人たちを訪ねる。
新潟県北部にある胎内市。夜になると、天の川、織り姫、ひこ星…満天の星が現れる。土曜日、胎内自然天文館では星の観察会が開かれ、たくさんの子どもの姿が。地元出身の男性が幼いころから親しんできた星座の説明をして、子どもたちの夢を膨らませている。亡き母と一緒に見た太陽を観察するために隣町から通い続ける男性、この地の星空に惚れ込み胎内市で暮らすようになった人も。星があふれる空を見上げて生きる人たちを訪ねる。
山口県の南東部に浮かぶ周防大島は、瀬戸内海で3番目に大きな島。穏やかな海が多様な生き物を育み、夏には岩ガキが旬を迎える。伝統の素潜り漁を受け継ぐ男性。島の漁師や子どもたちの協力を得ながら、地元ならではの魚を展示する小さな水族館。週に2回、海に潜ってはニホンアワサンゴの成長を記録し、地元の高校生とともに保護活動を続ける男性。瀬戸内ならではの豊かな海の恵みを、次世代につなごうとする人たちを訪ねる。
急峻な山々が連なる北アルプスの中で、おだやかな姿を見せる爺ヶ岳。山頂付近の山小屋まで4キロ以上にわたって「柏原新道」と呼ばれる登山道が整備され、初心者でも歩きやすいと評判の山。家業を継ぐ以外の人生に憧れ葛藤を抱えながらも、亡き父が切り開いた登山道を整備し続ける山小屋の主人と、その思いを受け継ぐ息子。50年近くこの山に登り、人生の岐路を支えられたという女性。爺ヶ岳とともに歩む人々の思いに出会う旅。
本州最北端の下北半島にある青森県佐井村。江戸時代には北前船の寄港地として栄えたが、今は漁業や出稼ぎが暮らしを支えている。かつては回船問屋として、今は漁師として外から来た人たちを温かく迎え入れる家族。村を離れた人に故郷の香りを届けようと特産のヒバで置物を作る男性。子どもがほとんどいなくなった集落に4人の子どもを連れて戻ることを決めた家族。最果ての地で支え合って生きる人たちのいとなみを見つめる。
高知県西部を流れる四万十川。全長は四国一の196キロ。日本最後の清流とも呼ばれ、人々は川の恵みとともに暮らしている。河口付近には、「柴漬け漁」と呼ばれる伝統の漁法で天然ウナギをとる男性。流れが穏やかになる中流には、川に飛び込んで遊ぶ子どもたち。上流には、源流から引いた水で夏バテ予防の保存食「梅酢豆腐」を作る女性たち。地域の暮らしに欠かせない四万十川を、河口から源流点までたどり、その豊かさにふれる。
日本初の鉄道が新橋~横浜間に開業してから150年。横浜駅界わいには、鉄道とともに人生を歩んできた人が数多くいる。駅のホームで名物のシューマイの売り子をしていた縁で夫と出会った女性。鉄道員に受け継がれる安全運行のための確認動作を、今も大切に守っている現役の女性運転士。鉄道好きが集える場所を作りたいと、居酒屋をオープンした元国鉄マン。移動手段としてだけでなく、人と人をつないできた鉄道が紡ぐ人生の物語。
戦時中に海軍の拠点が置かれ、戦後は製鉄や造船などモノづくりの街として発展してきた広島県呉市。街の象徴だった製鉄所の閉鎖が決まり、厳しい時代を迎えている。新たな仕事の獲得に奔走しながら、将来に思いをめぐらせる町工場の社長。戦後間もない頃からの名物「フライケーキ」の味を受け継ぐ父子。“仕事終わりの一杯”を変わらず提供し、笑顔あふれる屋台。時代の荒波に翻弄されながらも、歩みを止めない呉の人たちを訪ねる。
岐阜県の恵那市と中津川市にまたがる笠置山(かさぎやま)は、地元で「お笠置様」として親しまれてきた。標高1128メートルの山中には巨岩が点在し、ロッククライミングの人気スポット。中腹には広大な栗園、ふもとには美しい棚田があって、秋には豊かな恵みをもたらしてくれる。暮らしに欠かせない笠置山を子や孫に受け継ごうと、本格的に山の手入れを始めた人も。お笠置様に感謝しながら、山とともに生きる人たちに出会う旅。
びわ湖の隣にある小さな湖「西の湖」。多くの魚や水鳥たちを育む穏やかな湖は、地元の人たちの暮らしに欠かせない場所。湖に浮かぶ湿原の小島は、開墾され田畑に。土地に恵まれなかった湖畔の人たちにとって貴重な農地となった。さらに、色も形もとりどりの淡水真珠の養殖。自生するヨシを使った屋根ふき。西の湖のいとなみは時代が変わっても脈々と受け継がれている。こうした西の湖の「宝物」を大切にして暮らす人たちに出会う。
阿武隈山地の森が蓄えた水が流れる福島県川内村。原発事故から12年、一時は全村避難を余儀なくされたが、暮らしを取り戻しつつある。70年前に父親が裏山から引いた湧き水を使って暮らす家族。澄んだ水にしか生息しないイワナの養殖を続ける男性。避難生活の中で故郷の魅力に気づき、Uターンして古民家カフェを開いた女性。清流の恵みとともにある暮らし、その豊かさを受け継ぐ人たちの思いを訪ねる。
城下町として栄えた佐賀県唐津市。江戸時代から続く唐津神社の秋の例大祭「唐津くんち」が3年ぶりに通常開催され、巨大な曳山(やま)が町を駆け巡った。曳山の上に立ち、綱を引く人を鼓舞する「やまうえ」の大役に、初めて挑戦する若者。1メートル近い高級魚アラの姿煮など、「くんち料理」をふるまって祭りを盛り上げる家々。3日間にわたる祭りの熱狂と、伝統を守ろうと奮闘する唐津っ子の心意気に出会う旅。
宮崎市の沖120メートルに浮かぶ青島。縁結びの神様として知られる青島神社、波状に削られた岩「鬼の洗濯板」…1960年代、新婚旅行先として大いににぎわった。今この地に若者を引き寄せているのはサーフィン。12月でも波乗りができ、地元の中学校にはサーフィン部も誕生した。新婚旅行ブームの頃から変わらぬ人気の冷やしパイナップル。浜辺ではウエディング写真の撮影。南国の美しい海とともにある青島の暮らしに出会う。
豊かな田園風景が広がる栃木県大田原市。那須の山々が蓄えた水がこんこんと湧き出し、「湧き水の里」と呼ばれている。この湧き水をいかした「ニジマスの釣り場」を逆境を乗り越えて守ってきた父。それを受け継ぐことを決めた息子。清流にだけ育つクレソンを栽培する家族。正月に食べるジネンジョを育て、近所におすそわけをしている地域のグループ。湧き水によってつながり、その恵みとともに生きる大田原の人たちに出会う旅。
筑波山のふもとに広がる茨城県桜川市。江戸時代には城下町として栄え、古い町並みが今も残っている。町を見守るのは雨引観音(楽法寺)。安産・子育て祈願の寺として地元の人に親しまれ、初詣は多くの家族連れでにぎわった。桜川には240年続く造り酒屋も。寒仕込みが行われる年末年始、家族総出で酒造りが続けられた。受け継いだ酒蔵を守る父、春に大学進学する息子。新たな一歩を踏み出す家族が迎えた新年を見つめる。
山形県の中でも特に雪深い戸沢村、多い年には3mもの雪が積もる。村では雪と共に生きる知恵が受け継がれてきた。川を遡上する鮭を寒風にさらして作る保存食。今は少なくなった冬のごちそうを作り、近所に配る男性。農作業ができない冬場の手仕事、わら細工をしながら楽しく語らうお年寄りたち。雪の下で甘く育った白菜を使ったキムチづくりを教える韓国出身の女性。冬のごっつぉを囲んで心あたたかく暮らす村の人たちに出会う旅。
宮城県南東部にある名取市閖上地区。12年前、大津波に襲われ754人が犠牲に。かさ上げした土地に住宅を再建するなど、復興の歩みが続けられてきた。そんな町で日曜日に開かれるのが「ゆりあげ港朝市」。新鮮な魚などを求める人で震災前を超えるにぎわいに。津波で家も店も失ったものの、朝市から元気を発信しようと奔走する組合長。朝市のあたたかさにひかれ出店した家族。ふるさと閖上への思いを胸に生きる人たちを訪ねる。
八ヶ岳のふもとにある山梨県北杜市。ここ数年、都会からの移住先として人気を集めている。中でも住む人が増えているのが標高800メートルほどの高原地帯。そこには、移住してきた人が集まる「アイリッシュパブ」が。この店で出会い、語らい、ときに一緒に音楽を奏でる中で、つながりを深めてきた。町には、昭和の雰囲気そのままの美容室も。新たな土地に交流の場を見つけながら形作られる移住者たちの温かな暮らしを見つめる。
瀬戸内海に浮かぶ小豆島。冷たい北風が吹く冬、島のあちこちで伝統の味がはぐくまれる。周囲の海はシタビラメの季節。北風に3日さらすと島のソウルフード「干しゲタ」と呼ばれる干物に。名物のそうめん作りにもうってつけ。冬に天日干しすると白さが際立つという。150年前の木桶が並ぶしょうゆ蔵では昔ながらの寒仕込みが行われる。大量生産が当たり前の時代に手間のかかる製法を守り、豊かな島の味を受け継ぐ人たちに出会う。
岡山県の笠岡港から船で1時間。瀬戸内海に浮かぶ六島。港に降り立つと、「おかえり」の看板が迎えてくれる。進学や就職で島を離れる若い世代が多く、いま島に住むのは47人。島の人たちは、故郷を離れた人がふたたび戻ってくることを心待ちにしながら暮らしている。Uターンして名産のひじきを商う女性。島に移住して醸造所を始めた男性。島のみんなに見守られ、成長する唯一の小学生。六島を愛する人たちの笑顔に出会う旅。
兵庫県北部にある香美町余部(あまるべ)。高さ41メートル、鉄道ファンにも人気の余部橋梁があり、その大きな存在をいつも感じながら地元の人たちは暮らしている。故郷に恩返しがしたいと、転職して鉄道橋のたもとの道の駅で働いている男性。中学時代の夢をかなえて国鉄に就職し、引退した今も駅の周りを掃除する元運転士。鉄道橋が見える場所で焼き菓子の店を始めた女性。故郷と鉄道橋を愛する余部の人たちに出会う旅。
4月で放送開始から40年を迎える「小さな旅」。第1回の舞台、横浜中華街を再び訪ねる。コロナ禍で一時はお客さんが減ったものの、以前のにぎわいを取り戻してきた中華街。自慢のチャーハンの味を代々受け継ぎ、人気の店を守る家族。中華街で17年働き、ようやく自分の店を手に入れた夫婦。お酒が足りなくなったら、すぐに配達してくれる老舗酒店。人と人のつながりが活気を生む横浜中華街、そこに集ういくつもの夢と出会う旅。
長野市の西の端、山あいにある信州新町。冬が長く厳しい山里にも3月中旬、春の兆しが。農作業ができない冬の間に行われてきた炭焼き。この道70年の男性は雪が少しでも早くとけるよう、窯に残った炭の粉を畑にまいて春を心待ちに。200年続く老舗の酒蔵では、女性杜氏が仕込みのラストスパート。難病を乗り越えた夫婦が育てる春の味、陸(おか)ワサビも収穫の時期を迎える。春が彩り始めた山里のあたたかな暮らしに出会う旅。
東京・北千住は、5つの大学が集まる下町屈指の学生街。春、全国から新入生がやってくる。そんな若者たちの強い味方は弁当店のおかみさん。慣れない都会生活の食を支えている。学生時代から20年以上この街に住み続ける人も。1999年の「小さな旅」で出会った女性はイラストレーターになり、今も北千住にアトリエを構えている。放送開始40年を迎えた「小さな旅」、過去の映像も交えて、若者の成長を見守る学生街の春を紹介。
福島県浪江町、原発事故の影響で町に暮らす人は震災前の10分に1以下に。それでも春になると、避難先から多くの人がふるさとに帰ってくる。町の人たちをつなぐのは、請戸川の土手にある桜並木。ソメイヨシノが120本、1.5キロにわたって続く。自慢の桜を守るため避難中も手入れをしてきた男性。桜並木の最初の1本を植えた祖母をしのんで満開の桜を眺める女性。震災から12年、浪江町の人たちが迎えた満開の春を見つめる。
宮崎県の最南端、太平洋に突き出す都井岬。ここには100頭ほどの「岬馬」が野生で暮らしている。自然の中で生まれ、草を食べ、繁殖。その姿を一目見ようと多くの観光客が訪れる。渡辺木直さんも岬馬に魅了された一人。埼玉県から移り住み、おととしから馬の監視員として働いている。春は出産シーズン。無事生まれるかを心配しながらも野生であることを尊重して、つかず離れず見守っている。春の都井岬で、いのちの輝きに出会う。
鳥取県のほぼ中央、湯梨浜町にある「東郷池」。真水と海水が混ざる汽水湖で、池の底から温泉が湧き出す全国でも珍しい池。町の人たちは古くから池の恵みを受けて暮らしてきた。父から受け継いだ技で自慢の大きなシジミをとる漁師。ガソリンスタンドならぬ「温泉スタンド」でお湯をくみ、自宅のお風呂で楽しむ人。自ら撮影した写真で、東郷池の生き物図鑑を作った元教師。豊かな東郷池とともに、笑顔で暮らす人たちに出会う旅。
杜の都・仙台は、毎年大きなジャズイベントが開かれる「ジャズの街」。街の真ん中にある定禅寺通では市民バンドがジャズを演奏し、道行く人を楽しませている。50年以上、定禅寺通の近くでジャズバーを営んできた夫婦。50代から本格的に始めたジャズピアノをステージで奏でる医師。ジャズ喫茶で聴いた旋律に背中を押され、人生の新たな一歩を踏み出した大学教授。ジャズを愛し、ジャズに支えられて生きる仙台の人たちに出会う。
栃木県北部に連なる那須連山。標高は1900mほど。一帯には滝や湿原など豊かな自然が広がり、観光客はもちろん地元の人も数多く訪れる。中腹には絶景の露天風呂で知られる山小屋も。この秘境の宿を受け継ぎ、山の恵みで登山客をもてなす主人。那須の自然に魅せられ、移住してきた写真家。海外のカフェで修業し、念願の自分の店を山のふもとに開いた女性。緑滴る初夏、那須の山々を愛し、その懐で暮らす人たちに出会う。
松山から列車で1時間、愛媛県伊予市の双海町は3000人が暮らす小さな漁師町。過疎化が進む町でひときわにぎわうのが下灘駅。目の前に迫る海と、どこか懐かしい駅の風情が人気を呼び、全国から観光客が訪れる。この駅で写真撮影の手伝いをする夫婦。火災で漁船を失いながらも伝統のしらす漁を守る漁師。都会から移り住み、ソウルフードの中華そばを復活させた若者。双海町を愛し、海辺の豊かな暮らしを受け継ぐ人たちに出会う。
香川県の沖10キロ、瀬戸内海に浮かぶ伊吹島。人口400人余の小さな島が夏の3か月、にぎわいに包まれる。伊吹島は「いりこの島」として知られ、原料のカタクチイワシ漁が6月12日に解禁。漁船に乗ったり、加工場で働いたり、100人ほどが島の外から働きにやってくるのだ。こだわりの網を準備する親方。その背中を見て漁を一から学ぶ長男。島にきた人たちと一緒に囲む食卓…いりことともにきらめく伊吹島の熱い夏を訪ねる。
滋賀と岐阜の境にある伊吹山。標高1377メートル、山頂付近の植物群落が国の天然記念物に指定される「花の山」。このところシカの食害で減っていた山頂の花も、ボランティアの努力でよみがえり始めている。山の恵みは麓の集落にも。人気の古民家レストランでは、野草の天ぷらや和え物が。一度は途絶えかけた在来種の「伊吹そば」も地域をあげて復活させた。足元の豊かさを未来につなごうと、山を見つめて暮らす人たちに出会う。
東京から荒川を越えた先にある埼玉県戸田市。緑豊かな街のシンボルが戸田漕艇(そうてい)場、1964年の東京オリンピックも行われたボート競技の聖地。ボートコースだけでなく、大学ボート部の合宿所も20ほどあり、学生たちが寝食を共にしながら練習漬けの青春を送っている。その中の一つ東京大学漕艇部では、2年生チームが初めての大一番、京大戦に挑む。仲間とともに限界を超えていく部員たち、ひと夏の成長を見つめる。
花の山として知られる白山。標高2702mの御前峰を中心に、石川・岐阜にまたがる北陸の名峰。1年を通じて雪が残る「白い山」。夏になると豊富な雪解け水が小さな花々を咲かせ、もっとも輝く季節を迎える。登山道に生い茂る笹を刈って、花の生育を手助けする男性。山麓の植物園には、貴重な花の保護を目的に50種10万株の高山植物を育てる研究者。故郷にそびえる白山を愛し、白山が育む花に励まされて生きる人たちと出会う。
函館からバスで2時間ほど。北海道南部にある知内町小谷石地区。ここから先にのびる道はなく“海辺の秘境”と呼ばれている。夏は昆布の最盛期。若い世代がどんどん離れていく中、地域の人が支えあって収穫・出荷を行っている。伝統の昆布の養殖を守ろうと、地元に残った若手漁師。一度は故郷を離れたもののUターンして、絶景をめぐる観光船を始めた船長。海を愛し、あたたかな暮らしを未来につなげようとする人たちに出会う旅。
秋田県北部を流れる米代川。全長136キロ、奥羽山脈を源に日本海に注ぐ。川沿いには良質の木材として知られる秋田杉。かつては米代川を使って運び出されていた。流域には、秋田杉を使う工芸品作りが今も息づいている。また川がもたらす水は一帯を豊かな米どころに。一方で洪水に見舞われたことも。人々は恵みと災いの両方を受け止めて暮らしてきた。夏には火をつけた灯籠を川に流す伝統行事。川に願いを託す人たちに出会う旅。
甲府から電車とバスで2時間半、秘境と呼ばれる山梨県早川町の奈良田集落。昭和30年代にダムが建設されるまで、人々は焼き畑をしながら自給自足の暮らしを営んできた。不便な山里だけに、自分で何でもできる人は“まんのうがん”と呼ばれ、尊敬を集めてきた。山の伝統に誇りを持ち、89歳の今も野菜作りや養蜂を続ける男性。途絶えた焼き畑の復活に挑む移住者とその家族。奥山で生きる人たちの心意気とあたたかさに出会う旅。
南アルプスの南端にそびえる光岳。標高2592m。その道のりの長さや山頂の地味さから、日本百名山の踏破を目指す登山者が、最後の宿題のように訪れる山。そんな山に今、新しい風が吹いている。地元出身の登山家は、道中1泊して無理なく登れるようテント村を開設。山頂近くの光岳小屋では35歳の新米管理人が、布団ではなくマットレスを導入するなど心地よい滞在を追求。光岳を愛する人たちの思いに支えられ遥かな頂を目指す。
新潟県北部にある関川村。清流・荒川が流れ、水の恵みとともに5000人ほどが暮らしている。川沿いにはアユ釣りを楽しむ人が集う宿も。とれたてのアユを食べながら釣り談義に花が咲く。豊かな地下水が育むのは特産のしいたけ。地元に貢献したいと27年前にしいたけ作りを始めた女性は、去年の大雨で被害を受けたものの、乗り越えて栽培を再開させた。“大蛇”が水害をもたらすと伝わる村で、水とともに生きる人たちと出会う旅。
伊豆半島の西海岸にある静岡県沼津市井田(いた)。目の前に広がるのは“井田ブルー”と呼ばれる澄んだ海。この自慢の海に抱かれて井田の人たちは暮らしている。父親に教わりながらダイビングに挑戦した小学4年生。途絶えていた塩づくりを復活させ、伝えていこうとする家族。海沿いの田んぼの米づくりは先人たちの努力のおかげ。美しいサンゴや魚の海中映像も満載!海辺のいとなみを次世代につないでいく井田の人たちに出会う旅。
沖縄本島の東360キロにある南大東島。120年前から八丈島出身の人たちが開拓してきた島には、沖縄と八丈島の文化が混ざり合う独自のいとなみが。高校進学のため若い世代が島を離れていく中、故郷を次世代につなごうとサトウキビ栽培や漁業に奮闘する男性。島唯一の民謡教室で子どもたちに歌と三線を教える女性。サトウキビの豊作を祈願する豊年祭に向けてにぎわう島で、故郷の文化と誇りを守り継ごうとする人たちに出会う旅。
太平洋に突き出す千葉県銚子市。その岬の先端までの6.4キロを走る銚子電鉄はギリギリの経営ながら、沿線の人たちに支えられて開業100年の節目を迎えた。終点の外川で魚の卸問屋を営む家族は郷土資料館をオープンさせ、銚電に乗る人を増やそうと奮闘。犬吠駅の名物・たい焼きも、沿線で育った男性が復活させた。今も車内に元気な小学生の姿があふれる銚電。そんな地元の電車を愛し、ともに走ってきた銚子の人たちに出会う旅。
津軽平野を見守るようにそびえる岩木山。青森県弘前市の人たちは毎日この山を見上げ、心を寄せて暮らしている。秋は1年でもっとも山の恵みを感じられる季節。山麓でとれた新鮮なきのこがズラリと並ぶ土産物店。かつてない源泉の不調に直面しながらも、あたたかな温泉宿を守り続ける女将。強い風が吹きつける裾野で3代にわたってりんごを育てる家族。豊かさも厳しさも受け入れて、ふるさとの山・岩木山と生きる人たちに出会う旅。
玄界灘に面する福岡県宗像市。その北の端にある鐘崎は古くから漁師町として栄えてきた。海とともに生きる鐘崎の人たちが心を寄せるのが宗像大社。航海安全の神様として崇拝され、毎年秋には“神宿る島”沖ノ島の神様を本土に迎える“みあれ祭”が行われる。祭りを前に沖ノ島の周りの海でサザエをとり、神様に捧げる素潜り漁の家族。祭り本番で神様が乗るみこしを担ぐ若手漁師。神が渡る海に感謝して暮らす鐘崎の人たちに出会う旅。
兵庫県姫路市の沖、播磨灘に浮かぶ坊勢島(ぼうぜじま)は2000人ほどが暮らす漁業の島。島の人たちは同級生の中でも特に強く結びついた相手を“兄弟分”と呼び、船の進水式から冠婚葬祭まで支えあって暮らしてきた。還暦を迎えても兄弟分との絆を励みに仕事を続ける漁師。インドネシアからの技能実習生にも広がる助けあいの輪。そんな関係に心ひかれ移住してきた夫婦。人とのつながりを大切に生きる坊勢島の人たちに出会う旅。
京都市の中心部から北へ10キロ、山あいに460人ほどが暮らす鞍馬地区。源義経が過ごした鞍馬寺で知られるが、寺の中には由岐神社も。毎年10月22日に“鞍馬の火祭”が行われる。1000年以上前、神様をこの地に招いたときに道中をたいまつで照らしたことが起源とされる奇祭。父から子へ受け継がれるたいまつ作り。クライマックスに行われる成人儀礼にのぞむ大学生。たいまつの火に託された鞍馬の人たちの思いに出会う旅。
北海道東部の厚岸町はカキやウニ、タラにサンマ…豊かな海の幸で知られる漁師町。多様な魚介類が水揚げされる秘密は厚岸湖に厚岸湾、外洋と異なる“3つの海”があること。特産のカキは湖と湾の両方で育てることで成長スピードを調整。1年中、生で食べられるように。厚岸湾と外洋の境目では60キロものおもりをつけて潜る独特のウニ漁が受け継がれている。赤潮など寄せては返す荒波を越えて、海と生きる厚岸の人たちに出会う旅。
北上山地のふところにある岩手県遠野市。遠野物語で知られる民話の里には昔ながらのいとなみが。そのひとつが馬とともにある暮らし。山から切り出した木を馬が運ぶ“馬搬”の技も受け継がれている。馬を買い付けにきた人のお土産にと大正時代に誕生した和菓子は変わらぬ製法でその味を今に。地域の神楽には女性も加わって舞い手不足を解消、笑顔を届け続けている。新たな風を吹き込みながら伝統を受け継ぐ遠野の人たちに出会う旅。
日本海に沿って断崖が70キロにわたって続く福井県の越前海岸、冬には冷たい風が吹きつける。しかしこの季節ならではの恵みも。代表格は全国にその名を知られる「越前がに」。冬の間、越前町ではカニをゆでる湯気があちこちで立ち上り、漁港は活気にあふれる。福井市の居倉町には、寒風に耐えて海沿いの崖の上に咲く「越前水仙」。厳しさの中にある恵みを分かち合い、支え合いながら厳しい冬を生き抜く越前海岸の人たちを訪ねる。
四国山地のただ中にある徳島県三好市の祖谷(いや)。小さな集落が点在し、冬は雪に閉ざされる山深い地域。住む人は年々減っているが、今も祖谷ならではのあたたかな暮らしが息づいている。奥祖谷のシンボル「かずら橋」を後世に残そうと架け替えを行う男性。先祖が切り開いた畑を守り、昔ながらの生活を続ける夫婦。集落のみんなに見守られて育つ子どもたち。12月、雪に覆われていく祖谷で豊かに暮らす人たちの冬支度を訪ねる。
大阪一の繁華街・梅田から歩いて10分ほど、ビルの谷間にある中崎町。築100年以上の長屋、昔ながらの商店や飲食店…レトロな町にはあたたかなつながりと笑顔があふれている。老舗の銭湯には一番風呂を楽しみにやってくる人がいっぱい!放課後、子どもたちが笑顔で駆け寄ってくる駄菓子店!週に3日だけ開き、ついつい長居してしまう本屋さん!都会の真ん中でほっと一息、それぞれの居場所を大切にして暮らす人たちに出会う旅。
群馬県北部、2000m級の山々に囲まれる片品村。豊かな自然が残る村には、夏は尾瀬観光、冬はスキー、たくさんの人がやってくる!山には傾斜と雪の重みで根元が曲がった「根曲がりの木」も。この木で地元の人たちが作るものとは?農閑期の仕事として行われてきた炭焼きを守る職人と弟子。雪の中を駆け回り、すくすくと育つ子どもたち。片品村に流れるゆったりとした時間、心あたたまるいとなみ、そしてあふれる笑顔に出会う旅。
高知県いの町は、古くから和紙づくりが盛んに行われてきた「紙の町」。町には清流で知られる仁淀川が流れ、水が欠かせない紙すきを支えてきた。ただ戦後、和紙の需要は激減し、数多くあった紙すき工房も今は6軒に。それでも父から子へ、紙すきの技を伝える職人親子。原料のコウゾ栽培を地域みんなで守る山里。かつて紙問屋だった建物では土佐和紙を使った張り子づくりも。町の心を受け継ぎ、和紙とともに生きる人たちに出会う旅。
原爆ドームのほど近く、広島市の中心地にある基町アパート。戦後バラックが建ち並んでいた地区に造られた巨大団地で4200人が暮らしている。住人の高齢化も進むが、ラジオ体操に集まる人は元気いっぱい。団地の片隅にある喫茶店を切り盛りする男性は、ご近所さんが困っていたらほうってはおけないという。そんな“昭和な雰囲気”にひかれて引っ越してきた若者も。変わりゆく広島の街に息づく、どこか懐かしい暮らしを訪ねる旅。
城下町として栄えた佐賀市。街を歩くと店先や通りに「えびすさん」。その数840に上る。江戸時代、多くの人とモノが行き交った長崎街道沿いに商売繁盛を願ってまつられ、広まったとも。毎日えびすさんにお茶を供えては、店が続くことを願う老舗和菓子店の店主。亡き夫の姿を重ねて語りかける女性。長い年月の間に欠けてしまった部分を修復する石材店の3代目。えびすさんを心のよりどころにして生きる佐賀の人たちに出会う旅。
新宿から電車で1時間、高尾山のお膝元・高尾は知る人ぞ知る梅の名所。春には1万本以上が花を咲かせ「高尾梅郷」と呼ばれている。その始まりは昭和37年。耕し手のいなくなった畑を梅林に。入学などの節目には家の庭にも。町の人が1本1本増やしてきた。定年後、ボランティアで梅の手入れをする男性。母の味の梅干しを作って故郷で暮らす喜びをかみしめる女性。満開の梅の下で遊ぶ子どもたち。思いをつなぐ早春の高尾を訪ねる。
太平洋の荒波が打ち寄せる茨城県鹿嶋市。2700年前から続くとされる鹿島神宮とともに、町の人たちは暮らしてきた。境内にある茶店で半世紀にわたって参拝客を迎えてきた女性。波が高くハマグリ漁が思うようにできないこの春、“神宮さん”を訪ねては海が穏やかになる日を願う80歳の漁師とその孫。鹿島神宮ゆかりの古武道も地元の人たちに脈々と受け継がれてきた。神宮さんに見守られ、春を生きる鹿嶋の人たちに出会う旅。
本州の西の端、山口県下関市。九州とを結ぶ「関門橋」が架かる街。昭和48年に開通した関門橋は全長1068mで、当時は“東洋一のつり橋”。物流の大動脈として日本経済を支えてきた。地元の誇り・関門橋を建設中から撮影し続けてきた男性。どんなに苦しいときも橋を見上げ、老舗旅館を守ってきた女将。関門橋を一望できるロープウエーを30年無事故で動かしてきた運転手。関門橋に思いを寄せて暮らす下関の人たちに出会う旅。
“花のまち”埼玉県鴻巣市。市内に150軒ほどの花農家があり、春にはズラリと並ぶハウスの中で色とりどりの花が咲き誇る。自分ならではの花を育てたいと情熱を燃やす父と息子。卸売市場には、地元の花に少しでも良い値がつくよう奮闘するベテランの競り人が。住宅街では、難病と闘いながら自宅の庭の世話を続け、知り合いを招くことを何よりの楽しみにする夫婦も。それぞれの心に花を咲かせながら暮らす鴻巣の人たちに出会う旅。
三陸海岸の南部にある宮城県石巻市雄勝町(おがつちょう)。複雑に入り組む海岸線に集落が点在する風景は“日本一美しい漁村”と呼ばれたことも。しかし東日本大震災後、海岸には巨大な防潮堤ができ、家々や商店は高台に移転。住民は震災前の4分の1に。それでも変わらないのは海の豊かさ。漁の灯を守ろうと奮闘する漁師。浜ごとに受け継がれてきた神楽を舞い続ける男性。ふるさとの海でたくましく生きる雄勝の人たちに出会う旅。
和歌山県北部、標高850mにある宗教都市・高野山。1200年前に開かれた真言密教の聖地。開祖である空海のことを山麓の人たちは“お大師さん”と呼び、その教えとともに支えあいながら暮らしてきた。田畑がない山の上の寺に野菜を届ける麓の農家。高野山に歩いて向かう人を癒やしてくれる喫茶店。住む人が減った集落に移り住み、風習を受け継ぐ家族も。お大師さんに見守られ、縁を未来につないでいく山麓の人たちに出会う旅。
福岡県の筑豊地方にある田川市。昭和30年代まで炭鉱で栄えたが今では人口もかつての半分以下に。そんな田川で大人から子どもまで参加して行われるのが「川渡り神幸祭」。450年以上前から続くとされる初夏の風物詩で色とりどりの山笠が市内を流れる彦山川を渡る。この祭りに参加したいと東京からUターンしてきた男性。子どもたちの笑顔が輝く街角の小さな総菜店。ふるさとを思い、地域のつながりを守る田川の人たちに出会う旅。
千葉県の流山市と松戸市を結ぶ流鉄流山線。全長5.7キロ、色とりどりの電車が走る小さな路線は“都心にいちばん近いローカル線”と呼ばれる。実は流鉄、流山の人たちの出資で大正時代に開業した私鉄。以来108年、沿線の暮らしを支えてきた。幼い頃から流鉄ファンで憧れの運転士になった男性。流鉄を誇りに老舗を守り継ぐ女性。流鉄をきっかけにした住民同士の交流の場まで。流鉄を愛し、ともに生きる流山の人たちに出会う旅。
瀬戸内海に面する香川県三豊市仁尾町。町のシンボル・父母ヶ浜(ちちぶがはま)には潮が引くと広大な干潟が。潮だまりのそばに立って写真を撮ると…人物や空が水面に映って幻想的な1枚に。この風景に心ひかれ年間50万人が訪れる。浜には埋め立て計画が浮上したことも。それでも町の人がゴミ一つなく掃除することで守ってきた。ほかにも江戸時代から続く酢の醸造蔵や復活した塩づくりも。町の宝をつなぐ仁尾の人たちに出会う旅。
長野県のほぼ中央にある美ヶ原高原、標高2000mに「台上」と呼ばれる平らな草原が広がる日本百名山のひとつ。麓の人たちは、この山に心を寄せて暮らしてきた。かつて母と美ヶ原に登った松本市の女性は、認知症と診断された母に土産話を聞かせようと30年ぶりの登山。霧が多い台上で安全を守り続ける山小屋の主人。毎年恒例の登山に挑む地元の小学生。晴れの日も霧の日も、登山者の思いを受け止めてくれる美ヶ原の初夏を訪ねる。
栃木県の南東部にある益子町。素朴な風合いの益子焼で知られる焼き物の里。90年以上続く窯元には85歳の女性職人が。益子の粘土にこだわって静かに土と向き合い続けている。町のはずれには3年前に牧場がオープン。立ち上げから働く女性は、大地の恵みをいかした牧場づくりに汗を流す。東京からUターンしてアイガモ農法に挑む男性も。ふるさとの地にしっかりと足をつけ、1日1日を豊かに生きる益子の人たちに出会う旅。
四国の東部、吉野川の支流が作った三角州にある徳島県松茂町。古くから干拓を繰り返して農地を広げてきた町には、ふるさとをより良くするための開拓精神が根付いている。町で一番若い漁師は、岩ガキをとるだけでなく販路を広げる営業にも奮闘中。徳島空港の目と鼻の先にある工場は、未知の航空部品の分野に挑戦して大手航空機メーカーの部品を手掛けるまでに。ふるさとの誇りを胸に、チャレンジを続ける松茂町の人たちに出会う旅。
静岡県西部、湖西市新居町。江戸時代から300年以上続く手筒花火は、浜名湖で分断されていた東海道をつなぐ渡し船の船頭たちの労をねぎらって特別に許されてきたものだ。花火の吹き出し口は1000度を超える。物おじせず、笑顔で手筒花火を抱えることが新居の男たちの心意気とされてきた。その花火に人生を懸ける男性。花火をきっかけに町に溶け込みたいと考える若者。陰から見守る銭湯。花火に情熱を燃やす人たちに出会う。
玄界灘に面した福岡県福津市津屋崎。約8500人が暮らす港町だ。町には毎日のように潜水訓練をしている若者たちがいる。福岡県立水産高校の生徒たち。苦手だった水泳を克服し、潜水士を目指したいと福岡市内から1時間半かけて通っている生徒。水産高校を卒業後、後輩たちに海に潜る楽しさを教えたいと、津屋崎に戻ってきた教員。また、海をモチーフに地元で親しまれてきた土人形を作る人形師など。海に育まれる若者に出会う。
日本有数の港町、宮城県気仙沼市。リアス式の海岸沿いに40近くの漁港が点在する。お盆の時期、祖父から教わった「盆船」を手作りし、迎えた先祖の霊を盆船で海に送ってきた老漁師。自分を育ててくれた地域の人たちへの恩返しのため、東日本大震災の津波で流された地蔵を復活させた中学の美術教師。漁に出れば1年近く戻らない夫の留守を、仲間と支えあいながら守ってきた島のお母さんたち。祈りと生きる人たちに出会う旅。
北上山地の一角にある岩手県岩泉町。江戸時代、荷物を運ぶために牛が重宝されていて、今も畜産が盛んな町だ。家族で助け合いながら、14歳の母牛の最後の出産を迎える畜産農家。標高1000メートル級の北上山地の高原に広がる放牧地で、短角牛という貴重な肉牛の世話をする「牛まぶり」の日常。生産量が日本一を誇る「畑わさび」の栽培に一念発起して始めた工務店主など。広大な山の中で、命とまっすぐに向き合う人々に出会う旅。
群馬県の北西部、高山村。四方を山に囲まれていて、およそ3300人が暮らす農村である。特産の花、りんどうの栽培を18年前から始めた夫婦。村の自慢である美しい星空の魅力を伝え続ける天文台の研究員。そして、その星空を見上げることを何よりの楽しみとしている村の小学生。また、村に人を呼び込みたいと、自然の地形を利用したアドベンチャーレースの大会を仲間と企画している人など。山里で心を躍らせる人々に出会う旅。
高知県西部の三原村は、水に恵まれ、古くから米どころとして知られてきた。四国八十八か所をめぐるお遍路さんの通り道でもある。村で農家民宿を営む夫婦。“田舎の味”でお遍路さんをもてなしながら、妻は、ほかのコメ農家の女性たちとどぶろく造りにも励んでいる。地域で愛される木綿豆腐の味を守り続ける男性。作り始めたきっかけは、子どものころに祖母が食べさせてくれた豆腐だった。里山で、にぎわいを呼ぶ人たちに出会う。
東京・神奈川との県境にある山梨県上野原市小伏。斜面に張り付くように、40人余りが暮らしている。斜面が急ですぐに崩れてしまう畑など、先祖からの土地を守るため小伏に戻ってきた人。地元では“セイダ”と呼ばれるジャガイモを育て、郷土料理を作って近所同士の付き合いを大切にしてきた女性たち。また、集落で160年守り伝えてきた伝統の獅子舞に挑む若者など。ふるさとの心を結ぶ小伏の秋祭りを訪ねる。
東シナ海をのぞむ沖縄県本部町。かつてはカツオ漁が盛んで、現在は、年間約500万人が訪れる観光の町だ。驚くほどの透明度を誇る海に潜ると、色とりどりの珊瑚と様々な生き物に出会える。そんな美ら海で生きていきたいと、ダイビングのインストラクターをしながら、もぐり漁師をめざしてきた男性。本部町であがった貴重なカツオを売りにする鮮魚店主。カツオ漁を守り続ける地元漁師。美ら海の恵みとともに暮らす人々に出会う。
日本海に面した福井県敦賀市。江戸時代には北前船の寄港地として栄え、人や物が行き交ってきた。2024年、北陸新幹線の延伸で、新たな交通の要衝にもなった。職人の担い手不足など苦境のなか、名物おぼろ昆布を作り続ける老舗店のおしどり夫婦。トラックドライバーがきっかけで人気となった敦賀ラーメンの屋台店主。海の向こうに憧れた元フェリー船長の水先案内人など、人や物が行き交う街で懸命に生きる人たちに出会う旅。
民謡で「宝の山」と歌われる磐梯山。福島県のシンボルとして愛されてきた。麓の町の自慢の一つが、豊かな伏流水。幼い頃から地元の清流に親しみ、今も湧き水を生活の一部に取り入れている男性。会社員時代の苦しいときに磐梯山に登って見た雄大な景色に生きる力をもらった山岳ガイド。山に湧く温泉水を4日間煮詰めて作る伝統の山塩を新たな生きる道に選んだ元音楽家など。磐梯山を仰ぎ見ながら暮らす人々に出会う。
岡山県瀬戸内市牛窓町。その海の青さから、「日本のエーゲ海」と呼ばれる港町だ。瀬戸内海を行き交う船の寄港地として江戸時代から栄えてきた。牛窓に通い、かつて見た木造船を描く画家。また、8月に火災に遭った造船所では、親子が、工場を立て直すためコツコツと船づくりを始めていた。さらに、港と島を結ぶフェリーの運航責任者は、島民のため月20日以上を島に泊まる生活を送っている。船とともに暮らす人々に出会う。
瀬戸内海に浮かぶ広島県大崎上島。かつて船乗りたちが良い風を待って滞在し、「風待ちの島」と呼ばれていた。海や山から吹く風を生かすため、蔵の扉を開け放って醤油を造っている醤油蔵の3代目。風の恩恵を受けて育つ島特産のレモンをさらに多くの人に知ってほしいとクラフトビール造りに協力する農家。風の読み方も分からず、失敗ばかりしていた漁師は、妻とともに逆風を乗り越えた。風とともに生きる人たちに出会う。
北海道の南西部、日本海を臨むせたな町。冬、風速30メートルを超える風が吹くことも。海岸沿いには、風力発電の風車が並ぶ。漁師の父親の仕事を継ぐため故郷に帰ってきた38歳の元消防士。妻は、家族が新しい生活になじめるように、夫よりも先に町に引っ越して家の水産加工場を手伝ってきた。89歳の老漁師は、海の荒れるこの時期、ヒラメの一本釣りに挑んでいる。激しく吹きつける海風に向き合って生きる人々の暮らしと出会う。
青森県十和田市。火山の噴火でできた十和田湖から流れる奥入瀬川が貫く。上流の奥入瀬渓流で出会ったのは、ふるさとの自然の魅力に気づき、運送業からの転身をはかった自然ガイド。中流域では、特産の長芋農家との出会い。真っ黒で質のいい土づくりに情熱を注いでいた。また、厳しい冬を暖かく過ごそうと地元で守り継がれてきた南部裂織の価値に気づいた女性たちなど。厳冬の中でたくましく暮らす人々と出会う。
全国有数のみかんの産地、愛媛県八幡浜市。12月は収穫の最盛期。山あいの集落で出会ったのは、先祖が開墾してくれたみかん畑を少しずつ広げてきた農家とその息子。親子でみかんの育て方に対する意見は違っても、いいみかんを栽培したいという思いは同じだ。地元でとれた柑橘を使ったマーマレード作りに励むみかん農家の女性たちは、みんなで集まる時間を大切にしてきた。みかんを愛することでは誰にも負けない人たちに出会う旅。
大阪市大正区。川や運河に囲まれ、島のように見えることから「大正アイランド」とも呼ばれている。地元の生活に欠かせない渡し船で半年前から船長目指して働き始めた若者。鹿児島の実家で気ままな生活を送っていたが、自立したいと大阪に来た。街には沖縄料理店が点在する。その一つ、沖縄出身の店主が三線と沖縄民謡を披露する店がある。沖縄で作った莫大な借金の返済のため移り住んだ。大阪で懸命に生きる人々の思いに出会う。
秋田県と山形県にまたがる鳥海山。秋田では、その美しい姿から「秋田富士」とも呼ばれる。山麓の人々は、噴火を繰り返す山を畏れつつも、「守り神」として敬ってきた。鳥海山の神が宿るとされる獅子頭を長年手にしてきた獅子舞の元舞い手。鳥海山の伏流水を使って酒造りを続けてきた老舗の蔵の後継者。荒れた真冬の日本海で、鳥海山を見上げて天候を判断しながら大物を狙う漁師など。鳥海山に感謝する山麓の人々に出会う旅。
北海道のほぼ中央、大雪山国立公園の一角にある層雲峡。冬の最低気温は―28度を下回ることも。寒さは、滝をも凍らせ、氷の滝“氷ばく”が、峡谷の名物だ。客足が遠のく冬場に、観光客を呼び寄せたいと、50年前に始まった人工の氷ばく作り。氷ばくの内部を削って祭りを開いてきた。一回目から参加し、祭りを支える男性。今回を最後に層雲峡を離れる若者。峡谷の自然に生きる力をもらってきたビジターセンターの案内人に出会う旅。
神奈川県の川崎大師界わい。京浜工業地帯のすぐそばにある下町だ。お大師様の参道で江戸時代から人気の名物、久寿餅を作る職人親子。理想の食感を追い求めてきた。57年前に開業した喫茶店マスターは、魚好きが高じて地域でただ一人の漁師に。忙しい合間を縫って川崎で漁を続けてきた。去年開業したコミュニティーFMの新人パーソナリティーは66歳。住民のつながりを築こうと奔走している。下町づきあいの志を持つ人々に出会う。
新潟県の中部、長岡市栃堀。雪深いことで知られる集落だ。一日で1m積もることもある。親子連れでにぎわうスキー場で働くのは地元出身のプロのスノーボーダー。自由に練習させてくれたスキー場に恩返しがしたいと、プロをめざす子どもたちを育てようとしている。雪深い地域の人々の暮らしを支えてきたのが、450年前から続く裸押し合い祭り。地域の結束を高める目的もある祭りに情熱を注ぐ男たち。雪国の人の温もりに出会う旅。
びわ湖と伊吹山系の山々にはさまれた滋賀県長浜市。稚鮎など「湖魚」を扱う老舗の魚屋では、伝統の味を守ろうと店主が孤軍奮闘。山に自生する梅を家でも楽しみたいと長浜で始まった梅の盆栽「盆梅」を守ろうと、市には「盆梅管理人」と呼ばれる仕事も。寄贈された梅などを育てている。“神が棲む島”として信仰を集める竹生島では、参拝客をもてなそうと多少の風でも島に通う土産物店の店主が。春、湖畔の暮らしを守る人々に出会う。
さいたま市盆栽町。緑豊かな住宅地に6つの盆栽園が点在する。100年前、関東大震災で被災した盆栽職人たちが移り住んだ町だ。この春、老舗の盆栽園を継いだ若き盆栽職人。高校時代に頑張りすぎて挫折を経験。盆栽との出会いが人生を変えた。経験は浅くても、木を生かすセンスがあると、出入りのはさみ職人も一目置く。町の愛好家の中には、盆栽と子育てのために新幹線通勤をしている人も。盆栽と共に生きる人たちに出会う旅。
海外からの観光客が年間440万人を超える東京・浅草。名物のひとつが、浅草寺のそばを流れる隅田川の屋形船。東京五輪をきっかけに日本最大級の大型船を導入したものの、コロナ禍で収入が途絶えた船頭。そして、その後を継ぎたいと去年、船の仕事を始めた船頭の娘の物語。日本の魅力を世界に発信したいと、会社を辞めて着物の生地を生かした靴の販売を浅草で始めた店主。困難を乗り越えながら、粋な下町を支える人たちに出会う旅。
春、色とりどりのチューリップが咲き誇る富山県砺波市。チューリップで有名な富山県の中でも一番の球根の産地だ。祖父が偶然見つけた新品種などを家族で守ってきた球根農家。ふるさとの風景を多くの人に知ってほしいと、花びらを使った足湯にたどり着いた喫茶店の元マスター。一年中、満開のチューリップが楽しめる世界で唯一という施設で、花を絶やさぬよう試行錯誤してきた職員。チューリップに思いをつなぐ砺波の人たちの物語。
鹿児島県与論島は、サンゴ礁に囲まれた島。エメラルドグリーンの海は、その青さから「ヨロンブルー」と呼ばれている。嫌なことがあっても海に行けば立ち直ることができると、毎日のようにサンゴ礁の海で追い込み漁に励む漁師。その漁師から島伝統の「アギャー漁」を受け継ぎたいと、一緒に外海に出る若者たち。人生最後の勝負のつもりで、島に自生する植物を使った焼き物の窯を開いた夫婦。ヨロンブルーとともに生きる人々の物語。
宮崎県と鹿児島県にまたがる霧島連山。麓の人々は山を畏れ、親しんできた。乳がんになったことをきっかけに登山にのめり込み、今は週に1度登っているという女性。地域の人で運営する温泉では、コメ農家の男性を中心に、風呂掃除を交代でしたり、機械のメンテナンスも自分たちでしたり。みなで協力して守っている。噴火や大雨から田んぼを守る神様を迎える祭りを支えてきた女性など。山とのつながりにこころ弾ませる人々の物語。
京都駅から電車で1時間。滋賀県東近江市の赤神山は、山そのものが御神体で古くから地域の人々の信仰を集めてきた。先々代の思いを受け継ぎたいと、人々の集う場所作りをはじめた中腹の神社「太郎坊宮」の宮司。退職後に人とつながる面白さを知り、山好きの仲間たちと登山道を整備するグループを作った元会社員。夫を突然亡くし、子どもを育てていくために名物のだんご屋を始めた女性など。赤神山に支えられてきた人々に出会う旅。
東北有数の豪雪地帯、岩手県西和賀町。5月、町は一斉に雪どけを迎え、遅い春を迎える。雪どけ水が流れ込む錦秋湖には、この時期にだけ見られる水没林の絶景。普段より15メートルも高くなった湖上をカヌーでガイドする男性。豊かな自然を守るために観察会をコツコツ開いてきた写真家夫婦。雪どけ水をたっぷり含んだ大地で特産のわらびを育てる農家の喜び。厳しい自然に囲まれながらも、春の恵みに感謝して暮らす人々に出会う旅。
京都府の南東部、南山城村。木津川が生み出す肥よくな土壌が豊かな自然の恵みをもたらし、人びとは、「土の産」と呼んで敬ってきた。5月は、お茶の収穫が最盛期。100年続く茶畑を継いだものの、繊細なお茶作りに悪戦苦闘してきた若き茶農家。みなで集まって取り組んできたこんにゃく作りに生きがいを見つけた女性。村の人たちへの恩返しのつもりで山奥にレストランを開いた移住者の夫婦。自然の恵みに感謝する人びとの物語。
宮城県と山形県にまたがる蔵王連峰。新緑が芽吹く6月、麓にある宮城県・蔵王町をに訪ねた。出会ったのは、物忘れが始まった父を元気づけようと、一緒に山登りを始めたという女性。父が亡くなったあとも登山を続けている。さらに戦後、パラオから引き揚げた人たちが開拓した土地で、酪農とともに生き抜いてきた家族や、自然豊かな町でのびのびと育ち、獣医師になる夢を抱いた中学生も。雄大な蔵王連峰の山麓で生きる人びとの物語。
1800年の歴史があるとされる大阪の住吉大社。地元では「すみよっさん」の愛称で親しまれている。五穀豊穣を祈る田植えの祭り「御田植神事」で出会ったのは、神事で植える苗を長年にわたって育ててきた農家の男性。今年の苗は初めて後継ぎとなる孫と育てたという。また子供たちの元気な踊りを奉納する住吉踊では、伝統を守るために奮闘する一人の女性に出会う。初夏、「すみよっさん」とともに歩む人たちの心意気に触れる旅。
古くから海女漁が行われている福井県坂井市の安島地区。北前船の時代、夫が船乗りを、妻が海女をしていたといわれる。今回、出会った女性は「東京で楽しく暮らしたい」と一度は家を出たものの、ふるさとの海が忘れられず、帰ってきて海女になった。いま、祖母の形見の桶を手に漁に出る。また伝統の着物「モッコ」。夫の無事を祈る妻たちの思いが込められているという。安島の女性たちのたくましさとやさしさに触れる旅。
三重県鳥羽市。伊勢湾の入口に位置する神島は、古くから神が宿る島と信じられてきた。スーパーや飲食店が1軒もないこの島で出会ったのは、神島を愛する漁師の男性。かつては人づきあいが苦手だったが、神島に来てからは人と人との距離の近さが心地よいという。また島内で50年以上にわたって野菜を無料で配っている男性からは、対岸の町とのちょっと不思議な交流について教えてもらう。ゆるやかな“島の時間”を過ごす旅。
新潟県と群馬県にまたがる平標山はなだらかで美しい稜線を描く山。花の名所としても知られ、夏は美しい花が咲き誇る。今回訪ねたのは、平標山唯一の山小屋。祖父の代から山小屋を営む男性が、ありのままの山を肌で感じられるように、水は湧き水、夜はランプを灯し、電気はほとんど使わない暮らしを続けている。この夏は男性が長年、取り組んできた登山道の整備が大きく前進。平標山を愛する人たちと過ごす、さわやかな旅。
北海道南部を流れる後志利別川。その水の美しさから地元の今金町では「日本一の清流」と呼ばれる。今回の旅で出会うのは後志利別川の水とともに生きる人たち。地元産の大豆と川の伏流水でこだわりの豆腐をつくる夫婦。たびたび氾濫が起こる中で代々受け継がれてきた農地を守る青年。ふるさとの誇りを取り戻したいと和太鼓で川の流れを表現する男性。時代が変わりゆくなかで、いつまでも変わらない後志利別川の流れを見つめる旅。
四季折々の美しい景色で知られる北海道・富良野。その開拓は明治時代に始まり、人々は十勝岳の火山活動と向き合いながら、雄大な田園を作り上げてきた。今回、旅人が訪ねたラベンダー畑。そこには噴火に備えるため、田んぼを埋めて花畑をつくったという知られざる歴史が。また日本一のワインをつくったワイナリーには、富良野でブドウを育てることにとことんこだわった男性の挑戦があった。富良野に息づく開拓者の心に触れる旅。
静岡県焼津市。カツオやマグロなど遠洋漁業の基地・焼津港の隣にある小川港は、知る人ぞ知る「サバ」の港。サバが水揚げされると市場は活気づき、塩サバやしめサバ、黒はんぺんやさば節などになり地元の暮らしを支えてきた。今回、旅人が出会ったのは、伝統の棒受け網でサバ漁を行う船の船長。年々サバがとれなくなり、小川に一隻だけ残ったサバ漁船を率いる。小川のサバを守りたい。不漁続きでも海へと向かう船長の思いは。
今回の舞台は千葉県浦安市。都心まで電車で約20分、タワーマンションが建ち並ぶ風景からは想像しにくいが、かつては江戸前の漁師町だった。旅人が訪ねたのは、浦安にたった1軒だけ残った漁師一家の4代目。この春、教師をやめて漁師を継いだという。決意の裏に何があったのか。さらに伝統のお洒落踊りのけいこや漁師たちに愛された佃煮屋も訪問。浦安の今に息づく漁師町の心意気に触れる。
能登半島の中ほどにある石川県・能登島。去年1月の地震で450を超える家が壊れ、162人が島を去った。いま、島に生きる人たちの願いは、日常を取り戻すこと。定置網漁を行う漁師の男性は、2年ぶりとなった秋祭りの獅子舞にその思いを込める。イルカウォッチングのガイドをする女性は、観光客が戻ってくることを信じて、自らを奮い立たせる。能登半島地震からまもなく2年。復興へと動き出した能登島のいまを見つめる。
自然豊かな里山として知られる鳥取県南部町。今回、旅人が出会ったコメ農家の女性。里山の米作りが絶えることのないように、耕作放棄地を田んぼとして復活させた。また町で唯一の窯元には、地元でとれた土や水、釉薬をつかって伝統の焼き物をつくる女性が。オオサンショウウオを「町の宝」と呼んで保護活動を続けてきた親子は、子ども向けの観察会を開いて自然に触れる喜びを伝える。里山の暮らしを未来へつなぐ人たちの物語。
ふだん使いの食器として親しまれる砥部焼の生産が盛んな愛媛県・砥部町を訪ねた。食卓に彩りを添えてほしいと、夫がつくる砥部焼を使ってカフェを営む女性。戦後不況で下火になった砥部焼再興に尽力した窯元では、どんな料理にも合う絵柄として人気の「唐草」を受け継ぐ。また地元の高校の陶芸部では、使う人に寄り添う大切さを高校生に伝える。使いやすさを探求してきた職人たちの心は、いまも町に息づく。
世界文化遺産の富士山をのぞむ山梨県富士河口湖町。国内外から年間約400万人の観光客が訪れる。今回旅人が出会ったのは、河口湖でローイング(ボート)に打ち込む高校生。いつも変わらない富士山に背中を押され、厳しい練習に励む。富士山が見える公園で花を育てる女性は、夫が亡くなった後も前を向いて生きていこうと、富士山に夫を重ねて語りかける。富士山に思いをよせて、人生を歩む人たちの物語。
徳島県の剣山は、標高1955m、西日本で2番目に高い山。10月から紅葉が美しく、多くの登山客でにぎわう。古くから山岳信仰の対象とされ、神社では「人と人の縁をつなぐ」神様が崇められてきた。今回、旅人が出会ったのは、会社を早期退職したあと、山の自然を守る活動に加わった男性。また山小屋の4代目は、学生時代の仲間とともにクラフトビールづくりを始めた。紅葉の剣山に、縁が人生を変えた人たちを訪ねる。
茨城県常陸大宮市の山あい。3年に一度、地元の住民が力を結集してつくる「西塩子の回り舞台」を訪ねた。旅人が目にしたのは住民たちが木や竹を縄で縛り、手作業で組み立てる巨大な舞台。江戸時代に始まったとされるが、高齢化と人手不足により、いまや存続の危機に陥っていた。「地元の誇りをなくしたくない」。6年ぶりとなる回り舞台復活にむけて、時代にあらがい、奮闘する人たちの姿を見つめた。
かつては城下町で、高度経済成長期には県内外から企業が集まった栃木県那須烏山市。いまは産業が衰退し、人口減少が進んでいる。旅人が訪ねると、国産大型バイクの草分けといわれ、かつて那須烏山に工場があった「メグロ」のイベントが。そこには那須烏山の技と心を伝えたいと、伝説のバイク「メグロZ型」の復元に挑んだ男性がいた。さらに江戸時代から続く酒蔵や、観光りんご園を訪ねて、伝統の町に息づく技と心に出会う。
古くから人々が祈り歩いた巡礼の道、世界遺産・熊野古道を歩いた。今回、旅人が訪ねた古道沿いの茶店には、旅の疲れを癒やすちょっと変わったコーヒーが。雨が多いこの地の旅を支える伝統の笠は、たったひとりの職人の手で作られていた。そしてボランティアとともに道の補修を行っていた男性。かつて世界遺産登録に尽力し、その後も熊野古道を支え続けていた。秋、熊野古道に息づく「おもてなしの心」にふれる旅。
長野県飯田市の山あいにある「下栗の里」。標高約1000メートルの急斜面に民家や畑が広がる。農家に話を聞くと、畑仕事は大変だが、日当たりが良いためコメ以外は何でも育つという。またスーパーや飲食店などの店は1軒もないが、「ここで暮らしたい」と移住してくる家族も。800年続くという祭りでは、下栗の暮らしを未来に残したいと7歳の息子を参加させる父親に出会う。ここにしかない暮らしを見つめる。
レトロな雰囲気がSNSで人気の群馬県・伊香保温泉。観光客用の休憩スペースをリニューアルしている女性に出会った。温泉街の古い写真を展示するという。さらに街のシンボルとなっている石段には温泉の「湯守」をしている男性が。石段の下に温泉の通り道があり、33年間ひとりでメンテナンスをしている。また人気の温泉まんじゅうの店には老舗の味を守るモンゴル人の男性が。時代が変わる中で、変わらない温泉街の心にふれる。
丹沢山地の麓、市内約30カ所で湧き水をくめる神奈川県・秦野市を訪ねた。お茶を入れたり、料理に使ったり。湧き水は古くから住民の暮らしの一部。そんな秦野にとって水は「人が守るべきもの」。背景には化学物質で汚染された地下水を16年かけて飲める水に戻した経験がある。秦野の水を守り続ける市の職員や水を求めて移転してきた老舗の豆腐店。水を愛する人たちの物語。
舞台は豪雪地帯として知られる秋田県湯沢市。湯沢が発祥の稲庭うどんの店を訪ねると、農家が冬に働く場をつくるため、秘伝のうどん作りの技を地域に公開した秘話があった。約800年の伝統がある川連漆器も、もともとは農家の冬の副業。新たなチャレンジをする職人を訪ねた。伝統野菜・三関せりをつくる農家は、栽培の規模を広げ、コメ農家や果樹農家に冬の働く場を提供していた。ささえあい、厳しい冬を乗り越える人たちの物語。
香川県高松市。瀬戸内海に面する庵治半島は、花崗岩のダイヤモンドとも呼ばれる高級石材「庵治石」の産地として知られる。今回、旅人が出会ったのは、墓石としての需要が減る中、庵治石の新たな魅力を引き出そうと、住宅の建築材などに提案する男性。またガラス作家の女性は、庵治石をまぜることで、瀬戸内海をイメージした美しい青色のガラスを生み出した。庵治石の未来を作り出そうと挑戦する人たちに出会う旅。
熊野灘をのぞむ三重県尾鷲市。美しい海と山に囲まれた九鬼町を訪ねた。「春ぶり」で知られる町には、かつて住民たちがお金を出しあって定置網を設置した歴史がある。細い路地に民家が建ち並ぶ昔ながらの漁師町には、8年前にできたという唯一の書店。東京から移住してきた女性がオープンさせていた。海へと続く登山道には、道の整備に力を入れる山岳ガイドの女性。海と山の町で、新たな人生を切り開こうとする人たちに出会った。
富山県と岐阜県の県境にある南砺市五箇山。世界遺産に登録されている合掌造り集落では、住民どうしが協力して屋根をふくことを「結」と呼び、人と人のつながりを大切に守ってきた。今回、旅人は「1000年はもつ」と言われるほど優れた耐久性を誇る和紙の工房や、県外からの生徒も通うようになった五箇山唯一の高校を訪ねる。雪解けの春、世界遺産の集落で大切に守られてきた技と心に触れる旅。
兵庫県の淡路島は約12万人が暮らす瀬戸内海最大の島。明石海峡大橋が開通してから観光地としての開発が進み、移住者も増えた。旅人が出会ったのは13年前に淡路島に移住してきた藍染め職人。藍を通じて島に新たな仕事を生み出すなど、支えてもらった恩返しがしたいという。さらに花農家や線香の製造会社を訪ねると、受け継いできた思いを未来へつなごうとする人たちが。変化を続ける淡路島の今を見つめる。
江戸時代に建てられた白壁の町並みが残る鳥取県倉吉市。レトロな風景を全国にPRしようと、アニメキャラクターなどのコスプレをして写真を撮るイベントが開催された。さらにかつて鉄道が走っていた廃線跡は、周囲が竹林になったことで「日本一美しい廃線跡」と呼ばれる観光地に。小学校だった円形の建物は、卒業生の手でフィギュアのミュージアムへと生まれ変わっていた。ふるさとの遺産を未来へつなぐ人たちの物語。
世界遺産・高野山のふもとにある和歌山県九度山町。4月1日、町じゅうにひな人形などを飾る「町家の人形めぐり」が始まった。初めて行われてから18年目を迎えるこの催し。当初から支える男性は、町の高齢化で支え手が減る中でも、住民同士が協力する場として続けていきたいという。人形めぐりを心待ちにして町の休憩所を飾りつける女性や、展示する人形の創作に励む造形作家夫婦との出会い。人形めぐりがつなぐ心の物語。
福岡県北九州市の南部は、自然豊かな里山が広がる地域。日本有数のカルスト台地・平尾台では、江戸時代から「野焼き」が行われ、石灰岩と草原が続く美しい景色を守ってきた。またタケノコが名産の合馬地区には、高品質なタケノコを作り出す竹林を整備する人たちの姿。人手不足で整備しきれない竹林もある中、マウンテンバイクのコースをつくって竹林が荒れないようにするアイデアも。地域の宝を守ろうと奮闘する人たちに出会う。
雪解けの季節。オホーツク海をのぞむ北海道・小清水町を訪ねた。シラカバの森では、早春しかとれないというシラカバ樹液の試飲を楽しむ子どもたちの姿。畑で目にしたのは山わさび(西洋わさび)。強い辛みが特徴で、春は待ちに待った収穫の季節だという。そして毛糸の手織りを楽しむグループで出会った女性。病気の友人に春をイメージした手織りのバッグをプレゼントしようとしていた。春の訪れに思いを寄せる人たちの物語。
険しい山々が連なる大分県・国東半島。山岳信仰に神道や仏教が結びつき、1300年にわたって神仏習合の精神が受け継がれる六郷満山を訪ねた。約60年、六郷満山で撮影を続けてきた写真家に出会った旅人は、生涯をかけて追い求める写真について聞く。さらにふもとの集落では、各家庭に弘法大師の石像「おこぼさま」があり、地域をあげて感謝をささげる行事を行っていた。山に神と仏を重ねる祈りの風景を見つめる旅。
芸術家の街と言われるさいたま市浦和。関東大震災で自宅やアトリエを失った東京の芸術家が集まり、昭和初期には40人以上の「浦和絵描き」がいた。今回、旅人が出会ったのは浦和絵描きのひとり、洋画家の小川游さん(93)。画家になるまでの険しい道のり、浦和の風景への思いを聞いた。さらに大正時代創業の額縁工房では、浦和絵描きとともに歩んできた職人の技に出会う。浦和に息づく美への探究心に触れる旅。
紀伊半島を貫く熊野川沿い。面積の96パーセントを森林が占めるという奈良県十津川村は、江戸時代から林業が盛ん。山に苗を植え、木を育てる造林業の会社を訪ねると、2011年の紀伊半島豪雨を教訓に、山に道をつくる工事を行っていた。また紀伊半島豪雨をきっかけに移住してきたという木工職人は、なるべく木を無駄にしない製品づくりに取り組む。木を育て、山とともに生きる十津川村の人々と出会う旅。
群馬県桐生市の山あいにある梅田町。かつてはまきや炭などを作りながら自給自足の生活をしていた時代も。レトロな外観の商店を訪ねると、アウトドア用品を販売する一方で、麺類やアイスクリームなどの食料品や日用品も置くちょっと変わった店。明治以来、山里の暮らしを支えてきた商店を、若い夫婦が復活させたという。伝統のお茶や和紙に昔ながらの商店。時代にあらがい、山里の宝を守ろうとする人たちに出会う。
阿武隈川が流れる宮城県丸森町を訪ねた。かつて東北と江戸をつなぐ船が行き来していた川では、舟下りの観光船が運行。船頭に話を聞くと、会社を早期退職し、10年前からいまの仕事をしているという。得意の歌で船旅を盛り上げる。また伝統の養蚕文化を体験するツアーでは、蚕を育てる苦労について熱心に話す農家と出会う。自分たちがやってきたことを知ってもらえるのが喜びだという。ふるさとの誇りを守る人々を見つめる旅。
京都市・大原は、かつて都を離れた人たちがひっそりと暮らしたという山里。 6月から7月にかけて、名物のしば漬けに欠かせない赤じそが、畑を赤紫色に染める。4代続く漬物店を営む親子に出会い、大原の味を受け継ぐ志に触れる。朝市で出会ったのは、会社員をやめて大阪から移住してきたという農家。美しい風景を見ていると、山を切り開いて田畑を作った歴史の重みを感じるという。大原で生き、大原を継ぐ人たちの物語。
福岡市のフェリーで約1時間。玄界灘の真ん中に位置する小呂島は、エメラルドグリーンに輝く海が美しい、豊かな漁場だ。旅人が出会ったのは素もぐりで高級魚のクエをとってきたという青年。転勤などで島の外からやってきた人たちにふるまうという。また家族で小呂島に移住してきた男性は、温かく迎え入れてくれた恩返しとして、島唯一となる食堂のオープンに尽力した。豊かな海が支える暮らしと助け合いの心を見つめる旅。
標高3193メートル、日本で2番目に高い南アルプスの北岳に山本哲也が登った。苦労の末にたどり着いた山頂から見た景色。雲海の中に富士山がそびえ立っていた。もともとは遭難救助の拠点としてつくられたという山小屋に宿泊。名物となった料理の誕生秘話を聞いた。北岳山頂から続く「天上の散歩道」では、北岳にある診療所で活動する医学部の学生たちに出会う。山での経験を成長につなげる人たちを見つめる旅。
北海道東部の広大な酪農地帯にある西別岳。標高は799メートル、小学校の遠足に使われるなど初心者でも登りやすい山として知られる。旅人は山本哲也。標高差・約200メートルを一気に登る難所「がまん坂」を越えると、待っていたのは「リスケ山」と書かれた標識。登山道を40年以上にわたって整備し続けた加藤利助さんの功績をたたえてつくられたという。西別岳をこよなく愛した利助さんの足跡と、あとを受け継ぐ孫の物語。
日本海をのぞむ山形県遊佐町は、鳥海山に降った雨や雪が湧き水となり、人々の暮らしを支えてきた「湧水の里」。旅人・藤井彩子が湧き水を利用した共同洗い場で出会った女性。この春に亡くなった夫が残した家庭菜園を生きがいに暮らす。鳥海山のふもとの集落を訪ねると、公営の水道ではなく、住民たちが管理する水道を使っているという。鳥海山の湧き水を水源とするこの水道はどのように生まれたのか。湧き水と人生をめぐる物語。
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